「離してください」
 趙雲につかまれた手を振り払うでもなく、姜維は言葉でだけそう言って厩舎の裏に連れ込まれた。
 一方の趙雲の表情は穏やかではない。
 うっすらと趙雲の手形がついた手首をさする姜維に、声を荒げる。
「いったい、なにをしていた」
「なんのことです?」
 姜維は艶然と微笑みながら趙雲を見返した。その態度がまた癪に触る。
「とぼけるな。昨日俺が錬兵しているときに…」
 
 兵士の訓練中、うっかり見てしまった光景。
 それは宮殿の陰で寄り添っている魏延と姜維だった。
 ふたりは何事かを囁きあい、やがて魏延の手が姜維の頬を撫でた。
 姜維はまんざらでもないように頬を寄せ魏延に口づける。
 魏延の手は姜維の前を開き始め、開いた胸元に唇を当てるとそのまま下へと滑らせていった。
 姜維はわずかに頬を染め、慈しむように魏延を見下ろす。
 ひざまずいた魏延の頭が姜維の股間で止まった。
 呆然と立ち尽くす趙雲の目の前で行われている行為…見たくはないものだった。
 槍を握る手に汗がにじんでくる。
 もう片方の拳が嫉妬に震える。それなのに…目を背けることができなかった。
 魏延の頭が激しく動いて、姜維を嬲っているのがわかる。
 姜維が、恍惚とした表情で身をのけぞらせた。

「ああ、あのことですか」
 ようやく認めた姜維の目が、なじるようなものになる。
「ご覧になっていたのですか…趙将軍も人の悪い」
「なぜ魏延とあのようなことをしていた? いつからだ?」
 ついつい責めるような口調になってしまう。
 しかし姜維は動じない。
「お答えする必要はありません。私は…あなたのものではないのですから」
 趙雲の胸がちくりと痛んだ。
「では、丞相のものだとでも言いたいのか」
 その問いに姜維は声をあげて笑った。
「私は、だれのものでもありませんよ」
 それだけ言って立ち去ろうとする姜維の腕を捕らえ、趙雲は強引に自分のほうへ向かせた。
「…怖いお顔」
 姜維の言葉に、趙雲の中でなにかが切れた。
 姜維を乱暴に藁の中に突き飛ばし覆いかぶさる。
 せわしなく姜維の衣を剥いだ。
 姜維は抵抗ひとつせず、されるがままになっている。
 それどころか趙雲が唇を重ねると自分から舌を絡めた。
 唇を離した趙雲は、姜維の胸元に顔を伏せ肌をきつく吸った。
「あ、あ…そんなにされたら、痕がついてしまいます…」
「いやか」
「だれかに見られたら…」
 趙雲はさらに紅い痕を増やしていった。
「見せて言ってやればいい。これは俺がつけたものだとな」
 そうして姜維を四つん這いにさせると、片手で姜維の腰を抱えもう片方の掌に自分の唾液を取って、
姜維の尻に塗りつけた。
「優しくしてください…いつも将軍は…」
「お前のような淫乱に優しさなどいらん」
 趙雲は自分の男根を押し当て、姜維の尻に押し込んだ。
「あっ、ああーっ!」
 姜維が小さな悲鳴をあげ、握り締められた藁がガサガサと音を立てる。
 乱暴に動いていた趙雲の腰がふと止まった。
 姜維を抱きしめ一緒に藁の海に沈む。
「だめだ…お前を壊してしまいたいのに、できん…」
「将軍、動いて…私を犯して…」
 振り向いた姜維がそうねだり、唇を求めてくる。
 趙雲は前に回した手で姜維の男根をつかみ、緩やかにしごきながら唇を貪った。
「んっ…んふぅ…っ」
「姜維…なぜだっ」
 趙雲が発した言葉に返事はなかった。

 姜維を抱きしめていた。決して離すまいときつくきつく。
 だが瞬間、姜維は胡蝶に姿を変え、飛んでいってしまった。
 蝶を追うなど子供のころ以来だ、そう思いながら趙雲は胡蝶を追う。
 やがて見失ってしまった。
「姜維? 姜維!」
 呼んでみるが戻ってくる気配はない。
 ふと足元を見ると羽をもがれた胡蝶が落ちていた。
 あわてて拾い上げる。
 いったいだれがこんなことをしたのか。激しい憤りと哀れみを感じた。
 おそらく飛んでいってしまわぬように羽をもがれたのだろう。
 そう考えたとき、趙雲は自分が羽をもいだ張本人のような気がした…。

「…将軍」
 いつのまにか眠っていたらしい。
 目を開けるとすぐ横に姜維の顔があった。
「姜維…」
「お眠りになってしまったので、私が見張っておりました」
 静かに起こした身体には、趙雲のつけた痕が赤々と残っている。
「放っていけばよかったのに」
「将軍がお風邪などひかれては大変ですから」
 衣をつけ始めた趙雲に、姜維は自分の衣を差し出した。
「将軍が脱がせられたのですから、将軍が着せてくださいませ」
 その気のない素振りで逃げるかと思えば、こうやって甘えてみせる…男の扱いが上手いと思った。
そして魏延もまた、この手練にかなわないのだろう。
 いや、もしかしたら孔明も。
 脱がせるのは上手いくせに、趙雲の着せ方は下手で…しかし姜維はそれを直そうともしない。
「私、先にまいりますね」
 厩舎をあとにする姜維の衣が、ヒラヒラと風に揺らめいて…それが趙雲には、もげるものなら
もいでしまいたい胡蝶の羽のように見えた。
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