孫権の元を辞した陸遜はしばらくの休養を願い出た。
「あの方は?」
「まだお気づきになりませぬ」
 屋敷へ戻るなり陸遜は尋ねる。
 趙雲のために離れを建ててそちらへ移し、召使たちに緘口令をしいて趙雲のことは「あの方」と呼ばせた。
 寝室の趙雲は目覚めることなくうなされる日々が続いている。
 最近は劉備のことは少なくなり、姜維という名ばかりがよく出てきた。
「姜…維…」
 額に玉のような汗が浮かんでいる。
 それを拭ってやろうと陸遜は趙雲に近づいた。
 そのときやっと趙雲がうっすらと目を開けた。
「…姜維殿…か?」
「いいえ、私は陸伯言と…」
 その名になにを思ったのか錯乱している趙雲は、いきなり陸遜を捕まえるとグイと引き寄せた。
「あっ」
「姜維…伯約…」
 名前を何度かつぶやいたかと思うとカッと目を見開き陸遜を抱きすくめた。
「な、なにをなさる!」
「姜維…姜維…」
「だ、だれかっ…!」
 だれか人を呼ぼうとするが本宅から離れているため聞こえるはずはない。
 必死で抵抗するが趙雲はものすごい力で陸遜を抱きしめ、裾を割ってくる。
「い、いやっ! おやめくださいっ!」
「なぜだ! なぜ嫌がる、姜維!」
「わ、私はその方では…ああっ!」
 下帯の上から男根をきつくつかまれた。
 その痛みにひるんだところで下帯をはがれる。
 趙雲の濁った目に自分がどう映っているのかわからず陸遜は泣き声をあげた。
「お、お願いです。おやめください…」
「姜維…私のことを忘れたというのか…っ!」
 わけのわからぬことをつぶやきながら乱暴に陸遜の菊門に押し入った。
 巨大なものに貫かれる鋭い痛み…。
「うああっ!」
 甲高い悲鳴が上がる。
 裂けた菊門から血が滴り落ち寝台を汚した。
 陸遜の目から涙がこぼれていく。
「いや…痛い…痛い…」
「おお、姜維…愛しい…愛しいぞ…」
 趙雲は異様な光を帯びた目で陸遜をのぞき込み、唇を貪った。
「そなたは…私のものだ…」
 趙雲の体臭に鼻腔をくすぐられながら、陸遜は趙雲の熱い迸りを感じていた。

 陸遜に命じられて水を持ってきた召使はその姿を見て驚いた。
 髪は乱れ、衣服は半分ほど引き裂かれている。
 だらしなく開いた足のあいだには血の染みすら見てとれた。
 自力で立つこともできないようで脇息にもたれかかったままだ。
「旦那さま、何事が…」
「なんでもない…水差しをそこへ置いて早々に立ち去れ」
 召使は陸遜の命令にそれ以上なにも尋ねず、言われた通りにして立ち去った。
 陸遜は萎えた足を腕で支えながら、叫んで乾いた口を潤した。
 先ほどまでの狂乱はどこへやら、迸りを放ったためか熱も下がり趙雲は穏やかな寝息を立てている。
 陸遜はもう一度水を含むと趙雲の口にそっと口づけて移した。
 趙雲の喉がかすかに動く。
 これが初めてだったとは言わない。
 初めての相手は孫権だった…。
 命じられて伽を務めたが、孫権は子を産ませるには十分だが相手を喜ばせるには満たないもので、そのおかげで
陸遜は大した苦痛を味わわずにすんだ。
 もっとも、その伽の代償として軍師の任を得たのだが。
 孫権はそれだけの男だった。だが趙雲は…?
「わ、私を犯したあなたを…このままではおきませぬ…」
 陸遜の目から新たな涙が浮かんで、趙雲の胸にこぼれ落ちた。

 趙雲が目を覚ましたのはその翌日だった。
 長いあいだの昏睡でやつれてはいるものの、目の輝きは失われていない。
「ここは…?」
「ここは呉の建業にある私の屋敷です」
 趙雲は首だけめぐらせて陸遜を見た。あのとき討ち取ろうとした軍師がいる。
「では、私はあなたに囚われたのだな…」
「はい」
 一瞬、趙雲の表情が変わった。
 だが静かに笑うと陸遜に問う。
「それで…私の首はいつお刎ねになるのか」
「いいえ、そのようなことはいたしませぬ」
 死を覚悟していたのに裏切られ、趙雲はいささか気色ばんで問い返した。
「なんと。では私に生きて虜囚の辱めを受けよと申されるか?」
「いいえ、私は…あなたのことを呉王に申してはおりませぬ」
 陸遜の意図が読めず趙雲が自嘲めいた笑いを浮かべる。
「ふ…蜀の虎威将軍などと呼ばれておるが、そなたにとって私の価値など無に等しいわけか」
「そういうわけでもございません」
「ではなぜ私を助け隠したりなさるのか!」
 陸遜は、真摯な趙雲の目からそっと視線を外した。
「私にも…わかりませぬ。あなたの首には無上の価値があり、あなたはどのように説得しても関将軍のように我が軍に
降ってくださるわけもない。でも…生きていていただきたかったのです」
「おっしゃることがよくわからぬが…今しばらくそなたに厄介になるとしよう」
 奇妙な感情のまま趙雲は陸遜の申し出を受け入れ、その存在を隠して滞在することにした。

 二日の後には、趙雲の体力は徐々に戻り半身を起こせるようになった。
「湯浴みの支度はできませぬが、せめてお身体をお拭きしましょう」
 陸遜は召使に湯を用意させ、伸びた髭をあたらせてから自分で趙雲の身体を拭い始めた。
 趙雲の体臭に鼻腔をくすぐられたくましい身体に触れているうち、陸遜の鼓動が速くなり始める。
 いつしか頬が赤くなりあの日のことを思い出してしまう。
 なんとか理性を保ちながら上半身を拭き終わり腰のほうへと移動した。
「…あ…」
 どうしても目が下帯のほうへといってしまう。
「どうされた? 顔が赤いようだが」
「いいえ、なんでも…」
 ふと思い出し、陸遜は口を開いた。
「お尋ねしてよろしいでしょうか…」
「なにを?」
「奥方様は?」
「おらぬ。女のために命を賭そうとは思わぬのでな、いまだに独り身だ」
 そういえば、と陸遜は思う。あれは女の名前などではなかった。
「では姜維と申されるのは、どなたで?」
「姜維殿は…私の副将だ。その才を丞相に見込まれ、魏より我が国に降られた」
 陸遜は意味ありげな笑いを浮かべた。
「ならば…私は副将殿の代わりに犯されたのですか?」
 意外な言葉に趙雲は思わず息を呑んだ。 
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