待てども待てども趙雲は戻ってこなかった。
 その首が呉軍に渡ったという話も聞かれず、傷を負ったままどこかでひっそりと息を引き取ったのかも
しれないという噂さえ聞こえてきた。
(将軍…あなたは殿の元へ旅立たれたのですか…?)
 あの戦い以来泣き暮らしていた姜維だったが、ようやく覚悟を決め趙雲の死を受け入れることにした。
「将軍の喪に服したいと思いますので、今しばらくのお暇をいただきとうございます」
 姜維の申し出に馬超はほんの少し躊躇した。今手放したら、姜維がもう自分の元に戻ってこないような気が
して…。
 だが、趙雲への思いがわかるだけに、姜維を退けるわけにもいかない。
「…わかった。その代わり喪明けには必ず戻ってこい」
「わかっております」
「それから…今宵は俺の伽をせよ…」
 馬超の言葉に、姜維は小さくうなずいた。
 姜維の白い身体がわずかな明かりの中に浮いている。それがやがて馬超の赤銅色の身体に抱きこまれた。
その馬超の頬を両手ではさみ、自分から口づけて姜維はささやいた。
「孟起さま、今宵は…私をきつく抱いてくださいませ…」
「姜維…」
「なにもかも、忘れてしまいたいのです…」
 馬超は今度は自分から姜維の顎をすくって唇を重ねた。その手が姜維の肌をすべり徐々に乱れさせていく。
「ああ…孟起さま…早く」
 焦らすような馬超の動きに姜維がねだる。せつない目つきが愛しくて馬超は執拗な愛撫を続けながら愛の言葉を
ささやいた。
「姜維…お前が愛しい。お前が女であったなら、俺はお前を奥に置いて決して外へ出さず、幾人も子を産ませるものを…」
「ああ、おっしゃらないで…私は男であったからこそ、あなたさまの副将に…ああっ…」
 何度男を受け入れてもきついままの菊門を探られる。姜維は激しく身悶え本物の馬超を求めた。
「まだだ…もっともっとお前を乱れさせてからだ」
 白かった姜維の身体が熱を帯びて紅く染まる。髪を振り乱し片袖を噛んであえぎ続けた。
「おね…お願いです、孟起さま。もう…私の中に…」
「よかろう。俺も我慢できなくなった」
 たくましく熱い塊が姜維の肉を割り巻き込んで侵入してくる。姜維のあげる声がひときわ大きくなった。
「ああ…ん…っ」
「愛らしい声だ…聞いていたい」
「孟起さま…っ。ああっ…きつい…」
「うん? やめたほうがよいか?」
 わざと意地の悪い質問をする。姜維は涙を浮かべて馬超にしがみついた。
「いやですいやです。このまま…私の中を孟起さまでいっぱいにしてくださいませ…」
「よしよし、満たしてやるとも…」
 優しく姜維の耳を噛みながら馬超の男根が中で果てる。しかしそのまま抜き去ることをせず馬超はさらに姜維を貪った。
姜維の背がしなりつかんでいた馬超の腕に爪を食い込ませる。
「孟起さま、私のも…私のも弄んでくださいませ」
 半ば立ち上がった姜維の男根をゆっくりとしごき上げてやる。姜維の菊門がいっそう収縮し馬超を締めつけた。
「おう…いい具合だ」
「く…ふっ…ああ…気を…気を遣ってしまいそうです」
「かまわない。存分に気を遣っていいぞ」
「ああっ…あーっ!」
 馬超の手が汚れる。そのぬめりを帯びた手で桜色の突起を弄びながら馬超は深く口づけた。
「今宵は寝かせない…朝などこなければよい…」
 姜維がようやく解放されたのは夜が白々と空けるころだった。
 馬超が何度自分の中で果て、自分が何度気を遣ったのかすら数えられなくなっていた。姜維は泥のような眠りに
落ちていきながら、心の中で趙雲に別れを告げていた。


 時は半年近く前に遡る。
 陸遜は蜀軍を追撃し、魚腹浦へやってきていた。自分のことを「青二才」とのたまった将軍たちを見返して
やりたかったということもあるかもしれない。
 ほかの将軍たちを尻目に陸遜はたったひとりででも蜀軍を追い、その勝利を呉へ持ち帰りたかった。
「止まれ!」
 なにやら妖しげな風の吹く魚腹浦…異様な気配を察した陸遜軍の馬たちが騒ぎ始める。
「だれか物見にまいれ!」
 配下をやってみるがあるのは石だけだという。訝りながらも一歩足を踏み入れ陸遜は後悔することとなった。
「なんだ、ここは…」
 迷う…不気味な風に頬を撫でられ焦りばかりがつのる…。
 ようやくひとりの老人に出会い奇妙な陣から抜け出すことはできたが、この陣を作った孔明に恐れをなし呉へと
戻ろうとした。
 そのとき、陸遜の前に立ちふさがったのは趙雲だった。
 戦袍は血にまみれ、身体中に矢が突き刺さっている。鬼神にも似たその形相に陸遜は思わずたじろいだ。
「貴公が、呉軍師か…? 貴公に恨みはないが…我が国の災いとなるからには、その首もらい受ける」
「あ…」
 ギラギラと殺気立った目で見つめられ、陸遜は生まれて初めて恐怖を感じた。 
 趙雲が槍を振り上げる。しかしその穂先は陸遜に届かず、趙雲は馬から落ちた…。

 寝台に寝かせた趙雲を見て、陸遜の側近が興奮した口調でまくし立てる。
「これは趙子龍ですぞ。蜀の虎威将軍を捕らえるとはさすがは陸遜さま。さあ、早く首を刎ねて呉王のところへ…!」
「そのようなことは、せぬ」
 陸遜は趙雲を見つめたままそう答えた。側近が訝しそうに陸遜を見る。
「しかしまたとない手柄…」
「この男は影武者に違いない。趙子龍ともあろう男が敵の前で無様に落馬したりするものか…」
「そ、そう言われれば…」
「下がれ。この者の元気が回復すればなんらかの情報も得られよう」
 側近はうやうやしく頭を下げ部屋から出ていった。
 陸遜はそっと趙雲の額に手を置いた。熱は下がる様子がなく趙雲は苦悶の表情を浮かべている。
(なぜ…私はこの男を助けたのだろう…?)
 落馬した趙雲は身体中に受けた矢傷のせいで発熱していた。おそらく陸遜の元までは気力だけでやってきたのだろう。
動揺する兵をなだめ陸遜は建業の自宅へと連れ帰った。
(このまま殺してしまうのは惜しい…)
 趙雲がうわ言でつぶやく言葉は姜維という者のことばかり。矢に毒でも塗ってあったのかかなり錯乱しているようだ。
「…急げ…火が…火がくる…」
 夢の中の趙雲はまだ戦っている。
 陸遜は屋敷中の者に趙雲のことを伏せるよう命じ、戦の報告にと登城した。だが情報はいち早く伝わっており
孫権は趙雲の首を今か今かと待っている。
 しかし陸遜は静かに首を振るばかりだった。
「あの者は趙雲ではありませんでした。よく似た影武者であったゆえ早々に切り捨ててございます」
「しかし…細作の話では蜀にも趙雲は行方不明と…」
「どこかで野垂れ死にでもしたのではありませぬか。さもなくば先の周大都督のごとく、死んだと思わせ我々を
油断させる策やもしれませぬ」
 劉備軍を敗走させた陸遜の話だと思うと妙に信憑性がある。それに…陸遜が趙雲について偽りを述べる必要は
どこにもないはずだ。
「よしわかった。実は蜀より同盟の使者がまいっておる。ならばその話は受けたほうがよさそうだな」
 孫権の決断は早く、呉と蜀は同盟を結ぶこととなった。
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