モウトクは必死になって抵抗しましたが、ホンショはモウトクを捕まえてすぐ小さなバスケットに入れてしまいました。
(やだ! やだ! お前なんかといきたくない!)
 ホンショは待たせてあった車に乗り込むと運転手に車を出させました。もちろんシュンガイもすばやく乗り込みます。
 モウトクはバスケットの中でも激しく暴れました。
 ホンショはゲンジョウやブンエンをいじめる悪いやつなのです。どうしてそんなやつと一緒に出かけたりできるでしょうか。
 バスケットの中を引っかき、噛みつき、蹴飛ばしますがバスケットはびくともしません。
 いらだったホンショが小さなスプレー缶のようなものを取り出してきました。
 バスケットの隙間から差しこんでスプレーします。なんだか甘ったるい匂いがして、モウトクはそのまま気を失って
しまいました。
「ふん、粗暴な男に世話されたから粗暴になってしまったな」
 ホンショのそんな声が聞こえました。

 目を開けたモウトクはびっくりしました。
 ゲンジョウのおうちと同じくらい広い部屋の中に寝かされています。
 部屋の中はとても快適で、おいしそうなエサもきれいな水もすてきな爪とぎ棒も用意されていました。
 どうやらここはホンショのおうちの中のようです。
(こんな部屋、あったっけ?)
 モウトクは一生懸命記憶をたどりますが、ホンショに飼われていたときこんな部屋は見たことがありません。
 きっとモウトクのためだけにこしらえられた部屋のようです。
 モウトクは部屋の中を調べました。
 エサは天井から伸びている細い管から自動で出てくるみたいです。お水も同じ。
 トイレだって少しでも汚れたらすぐに砂が交換されるようになってます。
(オレ…どこから出るの?)
 モウトクの疑問はもっともです。
 空調が効いているので窓ははめ殺しになっており、日光を取り入れるだけ。ひとつだけあるドアの前には鉄格子が
はまっています。
…ここはモウトクのための大きな檻なのです。
 どんなにすてきな部屋であっても、モウトクにとっては広い野山を駆け回るほうがずっとずっと楽しいですし、なにより
ここには大好きなゲンジョウもカンウもブンエンもいないのです。
(どこか…どこか出口…)
 モウトクがうろうろ出口を探していると部屋のドアが開きました。
 ホンショがシュンガイを従えて立っています。でも鉄格子があってモウトクは出ることも、ホンショを引っかくこともできません。
「ようやく戻ってきたな…高い金を出して探させた甲斐があったというものだ。これで次回のコンテストは私が優勝だな」
 モウトクにはホンショの言葉の意味がわかりません。
 長く続いた内戦が終わりようやく町の人々の生活にも余裕が出てきました。
 そうするとお金持ちはこぞってペットを飼い、贅沢に育て上げ、お金の余っている好事家たちは自分のペットがどんなに
珍しいか、美しいかを競うようになりました。
 それはいつしかペットのシッポを切り取ったり、体毛を見たこともない色に染めたり…まるで実験動物のように扱っての
競い合いになってきたのです。
 ホンショは今まで「もっとも冷酷なペット」としてシュンガイをコンテストに出していましたが(実際シュンガイは競争相手を
たくさんたくさん噛み殺したのです)シュンガイはある特別に小さく作られた凶暴なポニーに蹴られてケガをしてしまい、
ホンショは優勝者の座から落ちてしまったのです。(そのポニーを飼っていたのはだれかって? さあ? ホンショは自分よりも
優れた者なんか認めませんからそんなもの、覚えていないのです)
 なんとか優勝したいホンショが思い出したのがモウトクのことでした。
 月の光を浴びると人間になるネコ…これ以上すごいペットはいないはずです。
「モウトクを探し出せ。金はいくらかかってもかまわんからな」
 配下の人間をたくさん使って町で情報を集めさせ、たくさんのお金とたくさんの時間をかけてホンショはモウトクが、山に住む
ゲンジョウに飼われていることを知ったのです。
 最初ホンショはゲンジョウに譲ってもらうつもりでお金を持っていったのですが、初対面の印象からしてゲンジョウのことを
気に入らないと判断し、殺してでもモウトクを持ち帰る気になったのです。
「あの山小屋に爆弾を仕掛けてきたほうがよかったかな…いや、そこまで大袈裟にする必要はないだろう。いかに私でも
山小屋を爆破したとなればタダではすまんし、第一あのイヌはシュンガイが噛み殺した、あの男だってあれだけ鉛玉を
食らって生きているはずがないからな」
 満足そうにホンショはそんなことを言います。
 急にモウトクの脳裏を少し前の光景がよぎりました。
(ゲンジョウ…ブンエン…)
 色のわからないモウトクの目に映った、床の黒っぽい水たまり…とてもいやなにおいのするあれは、ゲンジョウとブンエンの
血でした。
 床に倒れたブンエンもゲンジョウもぴくりとも動かないで…死んでしまったのでしょうか…?
 モウトクの小さな胸が張り裂けそうに痛みました。
(ゲンジョウとブンエン、返せ! オレをあのおうちに返せ!)
 必死になってわめきますがホンショには伝わりません。代わりにシュンガイが低く唸ってモウトクを威嚇しました。
(うるさい、静かにしないと噛むぞ)
 シュンガイの口から見える鋭い牙にモウトクがかなうはずはありません。部屋の隅で小さくなりました。
(カンウ…ゲンジョウとブンエン、助けて…いつもオレを助けてくれたみたいに助けてよ…)
 ホンショはヒゲをしごきました。
「ふむ、確かモウトクは月光を浴びると変身するんだったな。今夜が待ち遠しいわい」
 ニヤニヤと笑いながらモウトクを見ています。
 モウトクは大きな天窓を見上げました。
 今夜は満月なのでしょうか? 満月だったらモウトクはヒトになってしまい、ホンショの思い通りにされてしまうのでしょうか?
(やだ…やだよ…ツキ、出ないでよ…)
 モウトクはせつない目で快晴の空を見つめました。
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