小さなノックの音がして、病室に入ってきたのは体格のよい髭面の男でした。
「惇兄、怪我の具合はどうだ?」
 この人はゲンジョウの従弟のミョウサイです。
 モウトクが連れ去られたあとに、血まみれのゲンジョウとブンエンを見つけて病院へ運んだのもミョウサイでした。
「ああ…」
 ホンショに撃たれた傷がようやく癒え、ゲンジョウは起き上がることができるようになっていました。
「なんにしても命に別状がなくてよかった…ああ、あの家もちゃんと掃除しておいたからな」
 ややあってからゲンジョウは尋ねました。
「ミョウサイ…モウトクを見なかったか? ホンショは…どうなった?」
 ミョウサイはかぶっていた帽子を脇に置き、椅子に腰掛けると静かに話し始めました。
「惇兄、ホンショは死んだよ。奴の屋敷は火事になって…今、警察が原因を調べてるみたいだが…そこから焼死体で
発見されたんだ。町の人間の話じゃ、どうも怪しげなパーティを開いていて火事になったらしい。客も大勢死んだそうだ」
 ホンショが死んだという言葉、それから火事という言葉に反応しゲンジョウは不安そうな目を向けます。
「ああ、屋敷で飼われてた動物の死体も集められてたが、その中にあいつはいなかったよ。火事のドサクサに
逃げたんじゃないかな…心配するな、俺が必ず見つけるから」
 安心させるようにそう言ってミョウサイは言葉を続けます。
「そうそう、ブンエンも順調に回復してるぞ。もしかしたら惇兄より先に動物病院を退院できるかもしれんな」
「そうか」
 ブンエンの様子を聞いて、ようやくゲンジョウは笑顔を見せました。
「それからな、ホンショの屋敷に飼われてたらしいイヌを拾ったよ」
「シュンガイとかいうイヌか」
 ゲンジョウの目がまた怖くなります。
「へえ、あいつそんな名前か」
「ホンショと一緒に俺を襲いにきた。ブンエンはそいつに噛まれて重傷を負ったんだ」
「なるほどねえ…」
 ミョウサイはちょっと頭をかきながら言いました。
「ホンショの焼け跡でまだ息があるのを見つけたんだ。俺が飼おうと思ってる…今はひどい火傷を負ってたんでな、
ブンエンの隣の檻で治療を受けてるよ」
 ブンエンに怪我をさせた憎いシュンガイ…でも元々ゲンジョウは動物が大好きです。
 シュンガイだってホンショの命令を受けてブンエンを襲ったのですし、ちゃんと愛情を持って接してやればいい
イヌなのかもしれません。
「ブンエンが許すなら俺はかまわんが…仲良くなれるかどうかはわからんな」

 月が変わるころ、モウトクの火傷も治ってきました。
 今日はお外で、アニジャに焼けた部分の毛を刈ってもらっています。
(上手に切ってよ? 変な模様になったらやだからね)
「アマン、動くなよ…ああっ、短くなってしまったぞ」
 アニジャはウンチョウやヨクトクみたいに器用じゃないみたいです。
(あーもう、アニジャってばヘタクソ!)
 アニジャたち3人との生活は、モウトクにとって決していやなものではありません。
 ゲンジョウのことを忘れたわけではありませんが、もしもゲンジョウが死んでしまっていたら…このままアニジャに
飼われてもいいかなとさえ思い始めていました。
 じっとしているのがいやなモウトクは、アニジャの手にじゃれ付いたりして邪魔をします。
 アニジャもそうやってじゃれ付かれるのがまんざらでもないようで、楽しそうに笑っています。
 ふと、モウトクの動きが止まり…通りの向こうへ目を向けます。
「どうした、アマン?」
 モウトクの鼻はいつかのいやな匂いを覚えていました。
 あの、獰猛なシュンガイの匂いです。
 もしかしたらホンショの命令でモウトクを探しているのかもしれません…モウトクはアニジャの腕を伝って、ヨクトクが
昼寝をしている家の中へ逃げ込んでしまいました。
「お、おいアマン」
 アニジャはネコの気まぐれと小さく苦笑してそれ以上追いかけませんでした。
 モウトクが姿を消すのとほぼ同時に、フカヒレ屋の角から黒い大きなイヌと体躯のいい男が現れました。
「どうしたシュンガイ」
(今、確かにあのネコの匂いがしたのだが…いや、どこかに逃げ込んだな)
 こんな町うちでは珍しいシュンガイに、アニジャが声をかけます。
「ほう、見事なイヌだな。あんたのイヌかね」
 ミョウサイはシュンガイのリードを握ったままで答えます。
「ああ。力も強いしけっこう喧嘩っ早いんでね、こうやってリードをしっかり押さえていないとダメなんだよ」
「そうかそうか。確かにここらの野良犬なんぞ一噛みだろうなぁ」
 アニジャとミョウサイは顔を見合わせて笑いますが、シュンガイはそのふたりを複雑な目で見ていました。
(この男からもあのネコのにおいがする…あのネコを探さねばならんのだが、さてこのことを新しい主にどう
伝えたものか…)
 シュンガイはヒトの言葉を話せませんし、ミョウサイはシュンガイの言葉などわかりません。
「さあいくぞ、シュンガイ」
(む…だれかの力を借りねばならんようだな…)
 ミョウサイを新しい主人と決めたシュンガイは、ミョウサイに引かれてとりあえずその場をあとにしました。
 モウトクはすぐそこにミョウサイがいることに気づいていません…。
おかえり
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