ゲンジョウはこのところベッドの上、遊んでもらえないモウトクは退屈で仕方がありません。
 というのも、そろそろ冬の準備を始めていたゲンジョウが、足をケガしてしまったからなのです。
 歩くのは、病院で借りてきた松葉杖をついてなんとかなりますが、つい無理をしてしまうので
なかなか治りそうにありません。
「むぅ…お前たちのエサを作るのが精一杯だな」
 寂しそうに笑うゲンジョウを見て、ブンエンが立ち上がりました。
(主人が困っているときは、できるだけの手伝いをしなければなるまい)
 ブンエンは元々そのようにしつけられていたせいか、郵便だってちゃんと取ってきてゲンジョウに
渡しましたし、台所から必要なものくらい持ってくることができました。
 そんなブンエンを見ていておさまらないのがモウトクです。
(オレだってお手伝いするっ!)
 でも、モウトクとブンエンはまったく違うのです。
 新聞を取りにいっても、モウトクの小さな口ではちゃんと咥えることができず破いてしまいますし、
台所だってどこになにがあるのかわかりません。
 見かねたブンエンがモウトクをたしなめました。
(モウトク、主人のことはもういいからお前は向こうでおとなしくしていろ)
(…うん…)
 以前のお散歩のこともあってか、モウトクは素直に言うことを聞きました。
 カンウが座っているイスの近く、出窓に飛び乗ってモウトクは外をながめていました。
(あーあ、ツキが出てオレもヒトになれたら、きっとお手伝いできるのにな…なんでブンエンはお手伝い
できるんだろ? オレもイヌだったらお手伝いできるのかな。オレもゲンジョウのお手伝いしたいなぁ…)
 ブンエンは物を運んでくるたびにゲンジョウに頭をなでてもらっています。それがなんだか、モウトクには
ブンエンが自慢しているように見えて…寂しくて、おもしろくありません。
 モウトクはとことこと外へ出ていきました。
 庭に降りて水を飲んでいるスズメに尋ねてみます。
(ねー、いつになったらツキが丸くなるの? オレ、ツキが丸くなるの、待ってるんだけどな)
(そうねえ…私たちにはちょっとわからないから、渡り鳥に聞いてみたら?)
(渡り鳥、どこにいるの? いつ、ここにくる?)
 スズメがくすっと笑いました。
(ここにはこないわよ。だって渡り鳥たちは、ずっとずっと高いところを飛んでるんですもの。ツキの近くを
飛ぶからツキのこともよく知ってるのよ)
 モウトクは空を見上げました。鳥が飛んでいるのが見えますが、ずっと高いところなので小さな黒い点の
ように見えます。
(空が飛べたらなぁ…そしたらツキの近くにいって、ツキが丸くなるの待ってるのにな…ツキの近くにいって、
ゲンジョウのこと見てるのもいいなぁ…)
 だんだん寂しさと腹立たしさがこみ上げてきて…モウトクは空に向かって叫びました。
(なんでオレにはなんにもできないんだよっ! なんで神さまはオレにばっかいじわるすんだよっ!)
 顔を下ろしたモウトクのずっと先に、ウサギの曹操が棲む森が見えます。
(孟徳のところいったら、オレにもなにかできることあるかな…)
 そんなことすら考えてしまいます。

 考えるのに疲れて、モウトクはとぼとぼとうちに戻ってきました。
 小さなモウトク専用の入り口から中に入ると、ブンエンが待っていました。
(どしたの?)
(主人がお前を探していたぞ。アレはお前にしかできんからな)
 ブンエンが意味ありげに笑いますがモウトクにはなんのことやらわかりません。
 わからないまま、ゲンジョウの寝室にいってみました。
(ゲンジョウ、オレになんか用?)
 ちょっとふてくされてそう聞くと、ゲンジョウは優しく笑ってモウトクを手招きしベッドを叩きました。
「モウトク、ほらここへこい。ここへ上がってこい」
(でもゲンジョウ、ケガしてるでしょ?)
「どうした? ほら、いつもみたいにここへ乗れ」
 ゲンジョウがあまり誘うので、モウトクはゲンジョウが痛い顔をしないか確かめながらベッドに飛び乗りました。
「よしよし。ブンエンはいろいろと役に立ってくれるが、お前がいないと暖かくないからな」
(オレ、なにか役に立ってるの?)
 モウトクは首をかしげてゲンジョウを見ます。ゲンジョウはモウトクを撫でながら続けました。
「やっぱりモウトクは暖かいな…ちょうどいい重さだし」
 同じことをして、ブンエンがベッドに飛び乗ったらベッドはきっと壊れてしまうでしょう。
(まあ、それぞれ役に立つということだ)
 ベッドの下に寝そべってブンエンが笑っています。
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