朝から降っていた雪に風が混じって、外は吹雪になっています。
 ゲンジョウは朝から、食料の買出しと古くなってあちこち破れ始めたヌイグルミのカンウを修理するために、
町へ出かけていました。
 家の中にはイヌのブンエンとネコのモウトク2匹だけです。
 モウトクはおとなしくゲンジョウの帰りを待っていましたが、夕方になってあたりが暗くなってもゲンジョウが
帰ってくる様子はありません。
 それもそのはず、吹雪のせいで視界が悪く、山へ向かう道が危険なためにゲンジョウは町で足止めを食って
いるのです。2匹のことが心配ですが、案じる町の人がゲンジョウを帰らせてくれません。しかたなく、今夜は
町の宿に一泊することとなりました。
「ゲンジョウ、遅いね」
 待ちくたびれたモウトクが、ブンエンに話しかけます。
 ブンエンもさっきから聞き耳を立てているのですが、外から聞こえるのは雪と手を取り合って楽しそうに踊る
風の音だけ…ゲンジョウの車の音はしません。
 出かけるときにつけていってくれた明かりのおかげで暗くはありません。エサだってたくさんあります。でも、
たくさんくべてくれたであろう暖炉の薪が、そろそろ尽きようとしています。
「オレ、ゲンジョウ見てくるっ!」
 心細さに耐えかねて、モウトクはキッチンの裏にある自分専用のドアから外へ出ようとしました。
 だけど
「あ、あれ? 開かない…」
 意地悪な吹雪がドアの前に陣取ってモウトクを外に出してくれません。
 とぼとぼ戻ってくるとブンエンが立ち上がりました。
「どうやら主人は帰れないようだな。こんな夜は早く寝てしまうに限る」
「ゲンジョウちゃんと帰ってくるよ。だってオレにおみやげ買ってくるって言ったもん。一度だってゲンジョウは
約束破ったことないもん」
 モウトクはそう反論して玄関ドアのほうばかり見つめています。
 しかしそのドアが開くことはありません。
 とうとう最後の薪がパチンと音を立てて爆ぜました。
「火が消えていくな…」
 少しずつ小さくなっていく炎を見ながら、ブンエンがポツリとつぶやきます。
 小さいモウトクは無理ですが、ブンエンの力なら薪をくべることができるかもしれません。でも薪は家の裏、
外に出ることもできないのに取ってくるなんてできません。
「主人でなければ無理、か」
 あきらめたモウトクはブンエンと一緒に小さくなっていく炎を見ていました。
「ヒトだったら、お部屋を暖かくできるのになぁ」
 モウトクはそうつぶやいて、消えてしまった炎に小さく「ばいばい」と言いました。

 モウトクの一番のお気に入り、ゲンジョウのベッドは冷たいだけなので暖炉の前で丸くなりました。
 うずみ火がなんだか寂しく見えて…まだ充分に暖かい部屋の中なのにモウトクはちょっと震えました。
「モウトク寒いのか?」
 寒いときはカンウの下にだってもぐりこめるのに、今日はカンウもいません。
 ブンエンの問いにモウトクは黙って首を振りました。
 寒いのは身体じゃなくて心…いつものにぎやかなおうちが今日はとても寂しく感じます。
 ブンエンがやってきて、モウトクの上に覆いかぶさりました。
「まだ寒いか?」
 ブンエンの毛皮がモウトクの毛皮にかぶさって、温かくなりました。
 ひとりぼっちじゃなくブンエンがいるのに寂しいだなんて!
 モウトクはあわてて首を振ります。
「う、ううん。ちっとも寒くない。あったかいよ、ブンエン」
 少しだけ元気を出してそう言うと、ブンエンが長い舌でモウトクの顔を舐めました。
「ブンエン、くすぐったい」
「今夜は主人がいないからな…」
 変なことを言ってブンエンがモウトクを押さえつけます。モウトクのお尻になにか熱いものが当たりました。
「ブンエン、なにするんだよ…やめてよ…こわいよ…」
 ヒトの形になったときにゲンジョウと愛し合うのは嫌いじゃありませんが、今のモウトクはネコのまま、しかも
ブンエンはモウトクよりずっと大きいのです。
「おとなしくしていろ。壊してしまいそうだ」
「やだよ…お願い、やめて…」
 でもブンエンの熱いそれはモウトクの中にぐいぐいと入ってきて…モウトクは泣き声をあげました。
「い、たい…痛いよ…」
 涙がポロポロこぼれます。ブンエンの長い舌がモウトクの涙を舐めとります。
「お前と主人を、いつも黙って見ていたわけではないんだ…」
 モウトクにはブンエンがなんのことを言っているのかわかりません。
 やがてモウトクはそのままふっと意識を飛ばしてしまいました。

 翌朝は昨夜の吹雪が嘘のような青空が広がりました。
 ゲンジョウが朝一番で山に向かったのは言うまでもありません。
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