ネコのモウトクは、人間のゲンジョウとイヌのブンエン、それからぬいぐるみのカンウと一緒に暮らしています。
 ゲンジョウはお仕事らしく、モウトクが朝、目を覚ましたときにはもういませんでした。
「おはよーブンエン」
 そう挨拶してからモウトクは思い出します。
「あ、そっか。ゲンジョウお仕事だったらブンエンもいないんだ」
 ゲンジョウのお仕事は森林保護官。
 モウトクたちの家から少し離れたところにある、大きな森に棲む動物たちのことを調べたり、森を荒らす悪い人間を
取り締まったりしています。
 とはいうものの、その森はとてもとても大きいので普通の人間が入ったらまず出られることはありません。そういうわけで
ゲンジョウが見回るのは森の入り口に近い場所だけです。
 ところが森に棲む動物たちは人間のゲンジョウが保護してくれてるなんて知りませんから、ゲンジョウを襲ってくること
だってあります。そのためにゲンジョウが見回りに出かけるときは、いつもブンエンが同行するのでした。
「ああ、おはようモウトク」
 でも今朝は返事がありました。
「あれれ? ブンエン、ゲンジョウお仕事じゃないの?」
「主人は仕事にいったが、連れていかれなかったからだ」
 もしかしたらモウトクが寂しがるかとブンエンを置いていってくれたのでしょうか?
 いいえ、そういうわけではなさそうです。
 でも…ひとりで出かけるときなら、もうとっくに戻ってきてもいいころなのにゲンジョウは戻ってきません。
 モウトクはだんだんと心配になりました。モウトクの心配はブンエンにも伝わったようです。
「主人、遅いな…なにもなければいいが…」
 ブンエンの言葉にモウトクは声を上げました。
「ねえ! ゲンジョウ、お迎えにいこうよ! ブンエンはいつもゲンジョウがお仕事してるとこ知ってるんでしょ? 迎えに
いったらゲンジョウ喜ぶかも」
 ネコとは好奇心旺盛な生き物で、ブンエンもそれはよくわかっています。
 しかしゲンジョウが心配というもの確かです。
「そうだな…少し気になる。見にいくか」
 立ち上がったブンエンの背中にモウトクが飛び乗りました。

 森の入り口あたりにゲンジョウの荷物が置かれています。
「森に入ったようだな…」
 ブンエンはゲンジョウの匂いをたどってそう言いました。
「あ!」
 モウトクが見つけたもの、それはあまり見たことのないエサでした。
「ゲンジョウずるいっ。こんなおいしそうなの、オレにくれないなんて!」
 まあゲンジョウがいつもモウトクにくれるエサはドライフードがほとんどですから、こんな生肉のようなエサを見るのは
初めてでしょうけどね。
「食べてみたいなぁ。ちょっとだけならいいかなぁ」
 そんなことを言って迷いながらもおいしそうな誘惑に勝てません。
 ちょっとだけなら、とエサに食いつこうとした瞬間、ブンエンがモウトクの首を咥えました。
「わあっ、なにするんだよブンエン。ちょっとだけ…ちょっとだけだから」
「モウトク、お前はこの匂いに気づかないのか」
 モウトクはエサを嗅いでみました。
 確かにちょっとおかしな匂いがするようです。
「薬が入ってるんだな…手を出すんじゃないぞ」
 そのときでした。
 森の中で大きな破裂音…あれは確か銃の音です。
 2匹は顔を見合わせて森の入り口をうかがいました。
 やがて…モウトクより少し大きくてきれいな色の動物を手にしたゲンジョウが森から出てきました。
「や。お前たち、どうしてこんなところにいるんだ?」
 獲物を下ろし、2匹に声をかけます。
 ブンエンは黙っていましたが、モウトクは森の動物に危害を加えたりしないはずのゲンジョウに裏切られたような気がして
…目にいっぱい涙をためてゲンジョウにくってかかりました。
(ばかばか! ゲンジョウのばか! 森の動物、獲ったりしないっていつも言ってたのに!)
 ゲンジョウはその場に腰を下ろすと、まるでモウトクの言葉がわかったかのように頭を撫でました。
「よしよし。お前たちは俺がこいつを殺したと思ってるのか。そんなことはしないよ」
 そうして2匹をそのままに、その動物の重さを量ったり長さを調べたり…口の中を開けてのぞいたりして、それを紙に
書いていました。
 モウトクはおそるおそるその動物に近づいてみます。
 なんだかちょっとモウトクに似てるような気がしました。
(ねえ…)
 不意に声をかけられモウトクがびっくりします。
(い、生きてるの…?)
(うん、眠ってただけ)
 ブンエンとゲンジョウはまだなにか熱心に調べている最中のようです。
(だれなの?)
 どうやらさっきの銃声は麻酔銃のようです。動物は意識こそ取り戻したものの、まだ身体が痺れて動けないようでした。
(ヤマネコの司馬懿仲達って言うのさ。君はどうやらイエネコみたいだねえ)
(イエネコって?)
(ヒトに飼われてるネコのことさ)
 仲達はニヤリと笑いました。
(なんでゲンジョウは君を撃ったの?)
(ゲンジョウ…ああ、あのヒトのことか。うん…仲達は君の仲間になるんだけど珍しい種類なのさ。それでヒトは仲達を
捕まえていろいろ調べたいみたいなのさ)
 そこでようやくモウトクはさっきのエサが仲達のためのものだと知りました。
(あの…ごめんね。ゲンジョウ悪いヒトじゃないんだよ)
(うん、わかってるよ)
 仲達は優しく微笑んでいます。
(ほんというとね、仲達もヒトに保護してもらったほうが楽なんだけどね。まあ森のほうが楽しいしね…あのヒトはなるべく
仲達にケガさせないように気遣ってくれたんだけどさ…薬入りのエサなんかに引っかかるのは、仲達のプライドが
許さないからさ)
 そのエサに引っかかりそうになっただれかさんが恥ずかしそうにうつむきます。
(ねえ…もしも君があのヒトにわかる言葉で話せるなら伝えてくれないかな。次からはおとなしく捕まるから、もう撃ったり
しないでくれって。これ、けっこう痛いんだよ)
 モウトクは満面の笑みで何度もうなずきました。
 満月になってヒトになったら絶対ゲンジョウに伝えようと決めました。
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