丞相府の奥、そこに孔明の執務室がある。
 その執務室には、孔明が仮眠をとるために持ち込まれた寝台があるのだが、それを知る者はほとんど
いない。
 孔明本人と、今その寝台に寝そべっている者をのぞけば。
 竹簡が積み上げられた机の前に孔明の姿はない。
 その代わり、灯りを落とした寝台の上に、ふたつのもつれ合う影があった。
「丞相府に泊り込まれて…」
 姜維の細い指が孔明の冠を外した。
 長い髪がドサリと落ちてきて姜維の顔にも触れる。
 それから姜維の指は孔明の道士服にかかった。
「このようなことをしているなどと、奥方様が知ったら…おお怖い」
 姜維は妖艶に微笑みながら、大袈裟に身をすくめてみせた。
「姜維こそ…」
 孔明はすでにはだけている、姜維の胸元を指で軽くつつく。
「ここにいるとわかったら、これをつけた者が穏やかでなくなるのではないか?」
 姜維の胸には鮮やかな紅い痕があった。
 それは過去のものではなく、いかにも今日つけられたというほどの鮮やかさ。
 姜維はクスクス笑って孔明の首に手を回し、唇を押しつけた。
「丞相こそ、ここに奥方様の痕が」
 耳の下、髪を下ろせば隠れてしまうような場所にその痕があった。
 昨夜、月瑛と同衾した際につけられた口づけの痕。
「お互い様ですね」
 そんな台詞を吐く姜維の唇を孔明が指でなぞる。
「小生意気なことを言うようになったね…この唇は」
 孔明はそのまま指を口に差し入れた。
「舐めなさい…」
 姜維は小さく笑って、孔明の指を舐め、吸い、ときには軽く噛んで愛する。
 やがて姜維の手はごく自然に孔明の股間へと伸びていた。
「指よりも…こちらを」
 身体を倒し顔を埋める。
 肺いっぱいに息を吸い込めば孔明の体臭が鼻をくすぐった。
 日なたのような趙雲の体臭とは違う、香や墨の香りが混じった孔明の体臭に、姜維の表情は恍惚と
したものになる。
 取り出した男根の先端をおもむろに舌先で舐め上げた。
「こんなにあどけない顔をしているくせに、いったいどこでこのようなことを覚えてきたのか…」
 姜維の髪を指で梳きながら孔明が言う。
 姜維は男根を緩やかにしごきながら孔明を見上げた。
「意地の悪い…丞相がお教えになったのじゃありませんか。兵法書を説くかたわらに」
 その目を見返して孔明は笑う。
「では、私の教えたことをだれに用いているのかな? 趙将軍? 魏延? それとも馬岱?」
 姜維は笑って答えない。
 孔明は姜維を引き離し、今度は自分が姜維の男根に触れた。
「あ…っ」
「もうこんなにして…。私が教えた以上に淫らになった…」
 姜維の和毛をまさぐると、孔明の指になにかが絡まった。
 引き上げて見れば、どうやら髪の毛らしい。
 その髪の色は確か魏延の…。
 孔明はしごいていた男根の先端に指を食い込ませた。
「あうっ」
 姜維が短い声をあげる。
「趙将軍、魏延、馬岱…いろいろな噂が私の耳に入ってくるよ。姜維の声を聞いた男と、ね」
 孔明は今度は自分が姜維の男根を口に含んだ。
「はぁ…ん」
 姜維がせつない声をあげる。
 せつない眼差しで天井を見上げ、孔明の髪に手を差し入れた。
「だって…だって丞相はお忙しいから…」
 孔明は口から男根を抜き、姜維の腰を抱えた。
 両足を自分の腰に絡ませる。
「ならば…私がずっとそばにいたら、もうだれにもこのような痕はつけさせないと?」
 孔明の指が再び胸の紅い痕に触れた。
 姜維はクスクスと笑う。
「さあ…どうでしょう」
 天水の胡蝶騎と呼ばれた姜維。
 まるで本物の胡蝶のように、男から男へ飛び回る様が孔明の脳裏に浮かんで…いらだった孔明は、
姜維の尻を押し開くと自分の男根をあてがった。
「丞相、きて…」
 いったい何人にその台詞を吐いたのか。
 手近の燭から油を指にすくい、姜維の尻に塗りつける。
 最初は抵抗のあったその部分が、撫でまわすうちに孔明を欲しがってヒクヒクと息づいていくのが
わかる。
 先端部分をグイと押し込めば、それはスルリともぐりこんだ。
「ああっ!」
 いつもは窮屈な部分が開かれる感覚に、姜維は小さく顔をしかめてのけぞった。
「ああ、こんなに簡単に私を受け入れて…どこまで淫らなのか」
「ふふ…ひどい丞相、私をこんなにしたのはあなたなのに」
 甘えるように姜維は孔明の首に手を回した。
 孔明は貪るように姜維に口づけ、激しく腰を突き上げる。
「んうっ…んっ!」
 後ろだけでも感じるようになったのか、姜維は孔明の背中に爪を立ててきた。
「声が…聞きたい」
「あっあっ…あーっ!」
 姜維がひときわ大きな声を出した…。

 まだ息を弾ませている姜維の頭を腕に乗せ、孔明は姜維の胸にある紅い痕を指先で弄っていた。
だれかのつけたあとに、孔明の紅い痕ができている。
「ふふ…しばらくおとなしくしていないといけないようですね」
 姜維が笑いながら言った。
 嫉妬かもしれない…そう思いながら孔明はやや強い口調で言う。
「しばらく練兵には出なくてよろしい。丞相府で私の手伝いをなさい」
「でも、幾日もお帰りにならないと、奥方様に悟られますよ?」
「かまわない」
 本心だった。
 姜維がほかの男の痕をつけてくるくらいなら、多少妻との仲など冷めてもかまわないと。
 姜維が胡蝶なら篭になりたい。
 二度とこの胡蝶を逃がすまいとする篭に。
 しかし一国の丞相である自分にそれは許されない。
「集団の中の孤独…」
「え?」
 そんな妄想に耽っていて、姜維の発した言葉にようやく気づいた。
「押しつぶされそうなのです。魏から降ってきた私への皆の目に…だから、寂しくて、誘われれば
同衾するのです」
「姜維…」
 姜維は孔明の胸に顔を伏せた。
「浮気なやつよと罵ってください。でも、本当に愛しているのは…丞相、あなただけなのです。
あなたのそばでしか、私は休めないのです…」
「ああ、わかっているとも…」
 姜維の身体を思いきり抱きしめる。
「このまま抱いていてくださいますか? 私が眠るまで…」
「ああ…」
 姜維を抱く手に力を込めながら、自分もまた胡蝶が飛び回る男のひとりに過ぎないのではないかと
思う。
 先ほどの言葉にウソはないと思いながらも…自分の手を離れれば、姜維はまたほかの男に
抱かれるのだろうと考えていた。
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