曹操の邸宅に置かれた門番は、険しい表情の夏侯惇に少々怖気づいた。
「孟徳はなにをしている?」
 夏侯惇が曹操をこう呼ぶときは大抵不愉快なときだ。
「は、はい。まだご寝所のほうにいらっしゃいます…」
「そうか」
 夏侯惇はだれの案内もなくずかずかと中へ入っていく。
 声もかけずに曹操の寝所の扉を開けた。
「孟徳!」
 曹操はまだ寝起きといった顔。
 懐に差し入れた手で胸元を掻きながら欠伸なぞしている。
 曹操の胸にもたれていた女があわてて身体を起こした。
「なんだ元譲…わしはまだ眠い…」
 一瞬夏侯惇の眉がピクリと動く。
 なんとか冷静さを保ち傍に侍っていた女に顎をしゃくった。
「内々の話がある。座を外せ」
 女は身支度を整えると小さく頭を下げ急いで退出した。
 曹操がもうひとつ欠伸をする。
「孟徳…郭嘉が病を理由に顔を出さぬそうだな」
「…ああ」
「お主、真の理由を知っているのだろう?」
「さあ、な…」
 のらりくらりと話をはぐらかすような曹操の態度に、夏侯惇の表情がいっそう険しくなる。
「郭嘉の女を盗っただと?」
 そこで初めて曹操は小さく笑った。
「盗ったのではない。あの女がわしのほうに惚れたのだ」
「まったく…袁紹を攻めるというこの大事に、軍師である郭嘉を欠いてよいと思っておるのか。
しかもたかが女ひとりのために…」
 曹操は手近の酒をあおった。
「たかが女、されど女だ。郭嘉め…そんなに惜しかったか」
「わしはお主のほうが信じられぬわ」
「まあ、そういきり立つな元譲。郭嘉にはまた別の女をあてごうてやる」
「勝手にせい」
 くるりと背を向ける夏侯惇に曹操が後ろから抱きついた。
「ふふ…なにをそんなに怒っているのだ、元譲。わしが女を侍らせていたのが気に入らぬのか」
 曹操に向き直った夏侯惇はその顎をすくった。
「わしが女を抱いたら…その女を縊り殺すほど怒るのはお主のほうだろうが」

 昨夜どれだけ女の中で果てたのかはわからないが、曹操のそれは夏侯惇の手の中で早くも熱を
持っていた。
「元…譲」
 口に含んで愛撫されたい…だが夏侯惇は指で弄ぶだけだった。
 その曹操の思いを読み取ったかのように夏侯惇が意地悪く口を開く。
「わしに女の残り香がするものを含めと言うのか」
「う…」
 曹操は荒い息を吐きながら夏侯惇の下裳に手をかけた。
「ならばわしにやらせよ」
 小さく舌舐めずりをしながら下帯を外し、現われたそれをためらいもなく口に含む。
 夏侯惇の手が曹操の髪をつかんだ。
「孟徳…わしになにを望むのだ…」
 口の中で熱を持ちすっかり立ち上がったそれを舌で弄びながら、曹操は上目遣いに夏侯惇を見た。
「焦らすな…元譲…」
 夏侯惇の肩に手を置いてゆっくりと座らせる。
 胡座をかいた夏侯惇の膝に曹操が座った。
 夏侯惇と目を合わせながらつかんだ猛りを己へと導く…小さく息を吐いて腰を下ろせばそれは難なく
曹操の内部にもぐり込んだ。
「お…ああ…っ」
 一瞬曹操の端正な顔が歪む。
 しかしそれはすぐに愉悦の表情に変わった。
「昨夜の女と十分楽しんだのではないのか」
「ふふ…お前は別だ…」
…戦場でも平時でも、この男があって自分がいる。
 この男がいてくれるからこそ覇業も成し得ることができそうな気がする…。
 その魅力は女への欲望とは比べものにならない。
「う…っ、孟徳…そう締めるな」
「お前が…きついのだ…」
「…減らず口を」
 夏侯惇は曹操の腰をつかみ激しく突き上げた。
「おお…っ!」
 ふたりの流す汗が混じり合い敷物へと滴り落ちる。
 曹操はその身体を夏侯惇に預けた…。

「とにかく郭嘉には使いを出せ。軍師なしでは評定も始まらん」
 衣を整えながら夏侯惇が言う。
 曹操は気だるい身体を脇息にもたれさせかすかにうなずいた。
「そうだな…元譲、お前がいれば女など要らぬ…」
 ニヤリと笑う曹操を残し夏侯惇は寝所をあとにした。
…まったく、どいつもこいつも世話の焼ける…。
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