城壁近くの物見櫓に鬼が出るという。
 すでに幾人かの見張りの兵士が取って食われたとも。
 乏しい明かりの中で、しかも相手に背を向けている最中に食われてしまうのだから、見張りの兵士は互いに
疑心暗鬼に陥り、件の櫓に上がろうという者はいなくなってしまった。
 とはいうものの、件の櫓に見張りを置かねば城の守りは危うくなる。
 曹操がようやく腰を上げた。
 元より物の怪や鬼の類など信じない曹操は、ほかの者が護符を手に震えているのを置き、ひとりで件の櫓に
上った。
 櫓の真ん中に明かりを用意し、どっかと座り込む。
 果たして明け方近くになったころ不穏な気配を感じた。
「貴様が件の鬼か…このわしが退治てくれる!」
 鬼はその鋭い爪で曹操を切り裂こうとするが、曹操とて幾多の戦場を駆け抜けてきた猛者。振るった剣が鬼の
目を切り裂いた。
「むっ」
 鬼は曹操の剣ごと目を押さえる。
 しばらく力比べのような均衡があったが、一番鶏が鳴くのを聞き鬼はまだ闇の残る空へと駆け上がってしまった。
 曹操が手燭の明かりをかざすと櫓の床に血の跡があり、転がった剣の先に鬼の目がくっついていた。
「フン、これで鬼めもおとなしくなろう」
 鬼の目を手土産に、曹操が意気揚々と引き上げてくる。
 周囲の者は鬼の目を弔うか高名な道士に渡すべきと言ったが、曹操は首を縦には振らなかった。
「こいつはわしの戦利品だ。これなくては悪さもできまい」
 そううそぶいて曹操は鬼の目を箱に収め持っていた。

 数日後、夏侯惇が訪ねてきた。
「孟徳、聞いたぞ。鬼を退治たそうだな」
 楽しそうに笑いながら曹操の肩を叩く。
「さすがだな。丞相になっても武勇は変わらんか」
「取り逃がした。お前たちと鹿を追いかけていたころなら仕留められたやもしれなかったのにな」
 家人に酒を支度させ、そのときのことを話しながら杯を酌み交わす。
「ところで孟徳」
 夏侯惇は盃を置くと曹操に近づいた。
「その鬼の目とやら、俺にも見せてくれんか」
 しかし曹操は笑いながらもったいぶる。
「よせよせ。たいしたものではない。いずれは護摩と一緒に焚こうと思っている」
「そう言わずに。めったに見られるものではないだろう」
 しかたなく曹操は箱を取り出した。だが開けようとはしない。
「やれやれ、孟徳は意地の悪いことだ」
 苦笑しながら夏侯惇は曹操の背後に回る。
 後ろから曹操を抱きしめ、頬に唇を這わせながら軽く耳たぶを噛んだ。
 曹操は微笑んでいるだけで抗いはしない。
 夏侯惇の手は衣の袷から中に入り込み、曹操の胸の突起をつまんだ。
「元譲?」
 いつもの愛撫とは違う感触に曹操が問いかける。返事はない。
 曹操の乳首をつまんでいるのが指ではなく、鋭い爪のような感じがする…それでもそこから得られる甘い痺れに
酔い始めた。
「あ…」
「孟徳…」
 しゅると帯が解かれる。
 夏侯惇の舌が耳の中まで入り込み、指が乳首を、さらには股間を弄び始める。
…なにか、いつもの夏侯惇とは違うような気がする…。
「ああ…ん…」
 身体中が熱く、酒の酔いや愛撫で与えられる熱だけではないような…この感覚はなんだろう。
 振り向いて夏侯惇を見ようとするより先、男根の先端に夏侯惇の爪が食い込んだ。
「あああっ!」
 充分にしごかれ張り詰めていた男根から熱いものが迸る。
 そのぬめりを帯びた手で夏侯惇は曹操の内股から尻にかけて撫で上げた。
 筋肉質の尻が力を緩めて、夏侯惇に犯されるのを待っている。
「孟徳…連れないやつよ…」
「うあ…っ!」
 猛々しい肉の塊が曹操の窮屈な穴をこじ開けて侵入してきた。
 項を夏侯惇の舌が這い回る。そのたびに曹操の背筋がぞくぞくとするのだ。
 荒い息を吐きながら二度目の絶頂を迎えようとしたその刹那、曹操は自分に覆いかぶさる影に角を見た。
「な…!」
 刀に手を伸ばそうとするが届かない。それ以前に曹操に突き刺さったそれが萎える気配がなかった。
「悪くはない…だが、わしの目、返してもらうぞ」
 男根が一気に引き抜かれる激痛、そして稲妻が轟くような物音を聞きながら曹操は気を失った。

 後ほど聴いた話では、曹操は屋根の破れた部屋で乱れ倒れていたらしい。
 幸いに傷も憑かれたような様子もなかったために、別室に運んで休ませていたという。
 件の箱は蓋がむしり取られ、鬼の目はなくなっていた。
「わしをたぶらかしてまで取り戻しにきたか…その豪気、人であったなら惜しいことよな」
 曹操はただ笑っていただけだった。
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