その日に限って、社長である曹操自ら夏侯惇に書類を届けようとしていた。
 散歩がてら息抜きついでにエレベーターではなく階段を使って夏侯惇の部屋へ向かう。
 階段を降りきったところで、廊下を走っていく二人組の姿を見かけた。
「わーっ!」
 ふたりは脇目もふらずにエレベーターへと走っていく。
 あれはどうやら曹丕と曹植のようだが、いったいあわてているのか。
 そういえば以前に一度、ふたりはかじったばかりの催眠術を使って曹操に悪戯をしたことがある。まさかとは思うが
夏侯惇にも似たようなことをやらかして、逃げているのではないだろうか。
 曹操はふたりを追いかけて問い詰めるより夏侯惇が心配になった。
「元譲」
 ノックして声をかける。
「孟徳か? 開いているぞ」
 返事があったことにいささかほっとしてドアを開けた。
 いつものようにいつもの格好で夏侯惇が机に向かっている。ただ、いつもと違うのはやけに困惑した表情であると
いうこと。
「元譲、このあいだの書類を持ってきたんだが…」
「それより孟徳、ちょっと聞いてくれないか」
 曹操の言葉をさえぎって夏侯惇が口を開いた。
「どうした? なにか悩みでもあるのか」
 からかって言ったつもりだったが、夏侯惇の目は笑っていなかった。
「実はさっき、子桓と子建がやってきた…」
「ああ、それは私も見た。まさかあいつらがなにか迷惑でもかけたのじゃないだろうな」
「いや、迷惑というか…うかうか了承した俺も悪いんだがな」
 夏侯惇にしては珍しく歯切れの悪い話し方だ。
 少し焦れた曹操が自分から切り出した。
「元譲、いったいなにがあったと言うんだ。あいつらが迷惑をかけたのならはっきり言ってくれ」
 夏侯惇は頭をくしゃくしゃとかいてからおもむろに口を開いた。
「さっきあいつらがきて、ゼミの課題だとかなんだとか言って…例のアレをやっていった」
 どうやら例のアレというのは、あの妖しげな催眠術のことらしい。
 気軽に了承した夏侯惇を軽率だと思った。
「見たところ変わりはなさそうだが…今回はうまくいったのかな、あいつら」
「いや、それがその…ちょっとこいつを見てくれ」
 そう言いながら夏侯惇がズボンと下着を下ろし始めたので、曹操は少しあわてた。
「お、おい元譲。いきなりなにを…」
「別にお前にはなにもせん」
 現れたのは、普通だったらあまり見たくない同性の男根。もっとも曹操にとっては馴染みであるが。
「元譲、気持ちはわかるが今ここでは…」
「そうじゃないと言っている。よく見ろ」
 夏侯惇はこんなときに冗談を言うような男ではない。しかたなく曹操は男根に顔を近づけた。
 不意に男根が伸び、曹操の顔をかすめた。
 曹操は驚き顔をのけぞらせる。そして驚きの表情で夏侯惇を見た。
「元譲、なにをやった…?」
「なにもしていない。あいつらが俺になにかの暗示をかけてからこうなった」
 確かに夏侯惇の両手は胸の辺りで組まれているし、筋肉だけでそんな動きができるとも思えない。
「こうなったって、お前…」
 曹操が呆れ眺めているあいだも、夏侯惇の男根は先端を持ち上げてみたり左右にくねったりしている。
 これで目がつき、先から舌でもチロチロ出そうものなら立派な生き物だ。
「まるで…蛇だな。いや、敬意を表してアナコンダと言ってやるか」
「ふざけるな、孟徳」
 ここに至ってとうとう夏侯惇が苛立った。
「あいつらが、叔父上夏の疲れは出ていませんか、毎日暑くてお困りでしょうなどとうまいことを言うから、つい乗って
しまったんだ」
「まあ、あいつらはあとで私からきつく叱っておくとして…これをどうするか、だな」
 曹操は男根の前に指を差し出してみた。
「よせ孟徳」
 夏侯惇が腰を引く。
「巻きつくと洒落にならん締め付け方だ。まるで本物の蛇みたいにな」
 試してみたらしい夏侯惇の指は少々紫色になっている。
「口もないのに獲物でも捕らえるつもりか…生意気だな」
 とはいうものの本物の蛇とは長さが違う。曹操は意を決して男根をつかんだ。
 男根はつかまれるのを嫌がってか、やたらと暴れまわる。
「孟徳大丈夫か」
「持ち主のお前が尻込みしていてどうする。先日のお返しになんとかしよう」
 曹操はなんのためらいもなくその場にしゃがみこみ、男根を口に含んだ。
 自分の舌に巻きつかぬよう、先端部分だけを含み残りをしっかり握る。
 男根は曹操に含まれてもまだ口内で動いていた。
(本当に生き物のようだ…これで口が開いていて毒の牙でもあったらアウトだな)
 撫でるように舌を動かし先端から裏を嬲る。それを嫌がるようにつかんでいる部分の肉がうねるのがわかった。
「孟徳…」
 自分の意思とは無関係に動く男根でも、感覚は夏侯惇のものらしく息が荒くなってきている。
(こんな…びくびくしながらの愛撫というのも滑稽だな…あとであいつら小遣い没収にしてやるぞ)
 そんなことを考えながら、愛し合っているときとは違う愛撫に集中した。
「孟徳…もういい。これ以上やられると…まずい」
 夏侯惇の手が曹操の髪を撫でる。曹操は温く首を振り愛撫を続けた。
 夏侯惇の手に力がこもる。程なく曹操の口内に熱いものが迸り…夏侯惇の上げた小さなうめき声が、生き物の
断末魔のうめきに感じられた。
 抵抗なく飲み干したそれはいつもより少し苦いように思えて…生き物の体液か、とバカなことを考える。気づけば
つかんでいた部分の強い張りもなくなっており、ようやく元に戻ったのだとわかる。
「ふぅ…」
 曹操は口を離し、夏侯惇を見上げた。
「なにか…感覚が戻ってきたな」
「元に戻ったようだな」
「そのようだ」
 夏侯惇が椅子に沈んだ。
「まったく、あいつらに関わるとロクなことがない。金輪際、あいつらには協力せんぞ」
 吐き捨てるようにそう言った夏侯惇に曹操がしなだれかかった。
「これで借りは返せたな」
「いや、まだだ…迷惑をかけてくれたのはお前の息子だからな。そっちの借りはきっちり返してもらうぞ」
 夏侯惇は意味ありげに唇の端を歪めると、曹操の身体を自分の膝に引き上げた。
 言葉の意味がわかった曹操が夏侯惇に身体を預ける…夜はまだ始まったばかりだ。
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