郭嘉奉孝が逝った。
 まだ若く、つまらぬ病などで…。
 曹操は激しく落胆し、亡き郭嘉を悼んで一介の社員とは思えぬほどの盛大な葬儀を行った。
 家族同様喪に服し、ようやく仕事に復帰した曹操だったがやはり元気がない。
「孟徳、社長のお前がいつまでも郭嘉の影を引きずっていてはいけない。それでは社員全員の士気にも
関わるぞ」
「わかっているさ、元譲。なにを不安そうな顔をしている。私はこの通り元気だ。お前の言うとおり
いつまでも郭嘉を頼ってもいられん。それくらいわかっている」
 にこやかに微笑んでそう言うがそれがカラ元気であることは、だれの目にも明らかだった。
「すまんがこの書類をコピーしてくれ、奉孝」
 そう声をかけたあとで、いま秘書の座にいるのが荀ケだったと気づく。
 荀ケはまだ曹操が郭嘉のことを考えているのを知りながらも、なにもなかったように書類を受け取った。
 このままではいけないと判断した夏侯惇は曹操を誘って夜の町に繰り出した。
 ふたりで郭嘉の追悼をやりそれですっぱり曹操が郭嘉に別れを告げられるようにと。
 にぎやかに飲む酒ではない。
 ふたりは行きつけではない静かなバーでグラスを傾けていた。
「奉孝は…有能だった」
「ああ…」
「いつも先を読んで私に適切なアドバイスをくれた」
「そうだな…」
「あの会社が大きくなったのは郭嘉の拠所が多い」
「ああ…」
 思い出は何度も何度も繰り返され、乾杯が何度もなされた。
 そして…曹操はしたたかに酔った。
 終電も出てしまったあとで仕方なく夏侯惇は、曹操を近くのビジネスホテルへ連れてきた。
 ベッドに寝かせたが顔が赤く息が弾んでいる。
「おい…おい孟徳、大丈夫か?」
「ん…」
 返事をするのも億劫そうだ。
 このまま置いて帰るのは簡単だが、途中で容態がおかしくなっては具合が悪い。
 ツインでもあることなので、夏侯惇は暖房を少し強くして隣のベッドにもぐり込んだ。

 どれくらい眠っていたのだろう。
 喉の渇きを覚え洗面所で顔を洗いうがいをした。
 曹操はどうしているだろうかと思いながら戻った夏侯惇は、驚きに目を見張った。
 曹操の上に白いモヤのようなものが覆いかぶさっている。
「孟徳…?」
 歩み寄ってみると曹操の顔面は蒼白になっていた。
「孟徳…! 孟徳、目を覚ませ!」
 激しく揺すってみるが曹操が目を覚ます様子はない。
 それどころか呼吸が弱々しくなっていた。
 夏侯惇が必死になって曹操に呼びかけているあいだに、白いモヤのようなものは曹操の上から降り
ベッドの横に移っていた。
 気色ばむ夏侯惇の前でモヤは徐々に形作り郭嘉の姿になった。
「ほ、奉孝…!」
(元譲殿…どうぞ私に孟徳殿を連れていかせてください…)
「そのようなこと…許せるかっ!」
 夏侯惇はそう怒鳴り曹操の上に乗って激しく頬を叩いた。
「孟徳! 孟徳、起きろ。奉孝に連れていかれるぞ!」
 だが曹操は起きない。しかも呼吸はさらに弱くなる。
 夏侯惇は曹操に口づけると人工呼吸を試みた。
 けれども事態が好転する様子はなかった。
(孟徳殿が私をお呼びになったのです…)
 いつまでも死んだ者に未練を残していると成仏できないと聞いたことはあったが、まさか自分の
目の前で、しかも曹操がこんなことになるとは思ってもみなかった。
「だからあれほど言ったのに…!」
 忌々しそうに舌打ちし、なんとか曹操をこの世に縛りつけておく方法を考える。
(もう…おあきらめください。いま私が孟徳殿を連れたとしても、だれもあなたを責めるものは
おりません…)
「うるさいっ!」
 夏侯惇はやおら曹操の頭を抱えると深く口づけた。
 舌を絡め必要以上に貪る。
 横で郭嘉が息を飲むのがわかった。
「孟徳、どうせお前を失うのなら…」
 胸を開き褐色の胸板に唇を這わせる。
 乳首に軽く歯を立てた瞬間、曹操がピクリと反応した。
「あ…」
 小さな声が半開きの唇から漏れる。
 夏侯惇はそのまま愛撫を続けながら手を下肢へと伸ばした。
 下着の中にもぐりこませ萎えている男根を緩々しごく。
 曹操は大きく息を吸い込みその息はあえぎに変わった。
 郭嘉が手を伸ばしてきたが、実体のない郭嘉にはふたりに触れることすらできない。
 それを横目で見ながら夏侯惇は身体をずらし、曹操の男根を直接口に含んだ。
「ん…ああ…」
「孟徳、私を呼べ…私を求め、私が欲しいといってみろ…!」
 曹操の顔には生気が戻り額にうっすらと汗が浮かんだ。
 わずかに動く手が夏侯惇の髪をまさぐる。
「ほし…欲しい…抱いて欲しい…」
 目を閉じたまま、夢と現のあいだを行き来しながら曹操が訴える。
 夏侯惇は邪魔な服を取っ払うと曹操の両足を抱えあげて自分の男根をあてがった。
「孟徳、入れるぞ」
 一気に貫いたが慣れた身体は容易に受け入れてしまった。
「うあっ!」
 それでも曹操の顔は一瞬苦痛に歪んだ。
 しかし…次の瞬間にはもうかすかな笑みすら浮かべ夏侯惇の背中を抱いていた。
「ああ…んじょ…元譲…元譲、いい…」
「孟徳…!」
「もっと…もっと私を狂わせて…くれ」
 夏侯惇は曹操の顔中に唇を這わせながら激しく突き上げた。
 ふと…気配を感じて顔を上げる。
 郭嘉の姿が薄れていた。
(やはり…孟徳殿はあなたを…私は仕事上でしか愛されなかったのですね…)
 そんな言葉を残し寂しそうに笑いながら郭嘉は消えていった。
「…奉孝!」

 叫んだ瞬間、目が覚めた。
「夢…? 今のがすべて?」
 だが夏侯惇は自分が裸のままで曹操のベッドにいることに気づいた。
 無論曹操もなにも着ていない。
 首筋や胸に残った赤い痕が夢ではないことを示していた。
「も、孟徳!」
 あわてて曹操の様子をうかがう。
 曹操は穏やかな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
「…よかった」
 夏侯惇は曹操の上掛けを直してやりながらそっと抱き寄せた。
(すまんな奉孝。まだ孟徳をそちらへいかせるわけにはいかんのだ…)
 そんなふうに心の中でつぶやきながら、この話は曹操には黙っておこうと決めた。
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