ウサギの曹操が棲む森にも、少しずつ春は近づいてきています。でも今年の冬はやたらに寒くて、
森に積もった雪もなかなか解ける気配がありません。
 そんな寒い日なのに、好奇心旺盛な曹操は巣穴を出て森を散策中です。
 銀ギツネの荀ケの仔や白馬の張遼の仔が遊んでいますが、曹操はその中に入れないのでひとり森の
入口へとやってきたのです。
「あ…」
 森の入口にあった細い木が一本だけ切られています。そしてその周りに小さなヒトの足跡…。
 普段はヒトを寄せ付けない森ですが、昨日はちょっと違っていました。
 小さなヒトが三人やってきて、森の入口でこう言ったのです。
「森の動物たち、今年はあんまり寒くて僕らの家の薪もなくなってしまいました。お願いですから
小さな木を一本だけ切って、薪にさせてください」
 薪ってなんでしょう? でもそれがないとヒトはとっても困るようです。
 お父さんやお母さんに内緒でここまできたのでしょうか? 三人の小さなヒトはしばらく森の答えを
待っているようでした。
 いつもならトラの許チョやオオカミの夏侯惇・夏侯淵がヒトなんか追い出してしまうのですが、
許チョも寝ていることですし一本だけならと、曹操はヒトの頼みを聞くことにしたのです。
「ほんとに一本だけしか切っていかなかったんだ」
 大きいヒトは嘘をつきます。でも小さいヒトは嘘をつきませんでした。曹操は頼みを聞いてよかったなと
思います。
「あれ?」
 木を切るのを待っているあいだに作ったのでしょうか。森の中に雪だるまがありました。
 大きいのと中くらいのと小さい雪だるまです。
「ふーん」
 曹操の中にちょっとだけ意地悪な気持ちが生まれてきました。
「えいっ!」
 ご自慢の後ろ足で小さい雪だるまをけとばします。雪だるまのお腹に穴があきました。
「えいえいっ!」
 なおもけとばし続けると雪だるまは壊れてしまいました。曹操は得意げに胸を張ります。
「どうだ、孟徳は強いだろ」
 そうなってくると雪だるまをやっつけるのが楽しくなりました。今度は中くらいの雪だるまに目を
つけます。
「よーし、おまえもやっつけてやる」
 今度のはちょっと手強いです。小さいのよりも硬いし、思い切りジャンプしないと届きませんし。
それでも哀れな雪だるまは崩れて雪の塊になってしまいました。
 さて、残ったのは大きな雪だるまです。でも…昨日やってきたヒトの中で一番大きなヒトが作った
雪だるまは、曹操よりずっと大きくて強そうです。それに…じっと曹操を見ているマツボックリの目が、
なんだか怒っているように思えてきて…曹操はプイッとそっぽを向きました。
「ふ、ふんっ。もう疲れたし、日が落ちてきたから帰ろうっと」
 曹操は少し暗くなり始めた森を、雪だるまを見ないようにして帰りました。

 昼間の疲れもあってか、夜は早くに眠くなりました。
 暖かい巣穴の中でうつらうつらしていると、遠くからなにやら音が聞こえてきます。
 ズシン、ズシン…ゆっくりと曹操の巣穴に近づいているようです。
「な、なんだろ、あの音…」
 もしかしたら…あの大きな雪だるまがやってきたのでしょうか?
「あ、あんなの、こわくなんかないっ」
 でも曹操が帰ったあとで、あの雪だるまから足が出て曹操を追いかけてきたのだとしたら? 巣穴の前に
陣取って曹操を閉じ込めてしまったら?
 ああ、ダメです。どんどんこわい考えになっていきます。
 ドンッ、ドンッ…だれかが巣穴の入口を叩いているような気がします。
「だ、だれ?」
 返事はありません。開けるのはこわいです。
 ドンッ! ドンッ! 音がまた大きくなりました。
「あ、あっちいけっ! おまえなんかこわくないぞ! でも今はあっちいけっ!」
 巣穴の一番奥に逃げ込んで叫びます。それでも音はやみません。
「げ、元譲ぉ! コチぃ!」
 とうとう耐え切れなくなって夏侯惇や許チョを呼びます。でもみんな深い眠りの中ですから起きてなんか
くれません。
 身を丸くし、泣くのを必死にこらえているうちに曹操は眠ってしまいました。

 目が覚めてみると音はやんでいます。
「元譲のとこ、いこう」
 ところが…巣穴の入口が開きません。
「あ、あれ?」
 叩いてみますがちょっと隙間ができただけです。
 本当にあの雪だるまがしかえしにきたのでしょうか? 入口の前で曹操が出てくるのを待っているかも…。
 とうとう曹操は泣き出してしまいました。
「うわあああん! だれかぁ!」
「曹操さま? 今すぐお助けしますよ」
 曹操の声が聞こえたかのように、荀ケの声がしました。鼻をヒクヒクさせると夏侯惇や許チョの匂いもします。
 入口が開いたのはそれから少しあとでした。
「元譲!」
 真っ先に飛びつくのは夏侯惇。少し落ち着いてから周囲を見回すとみんなが微笑んでいました。
でも、そこに雪だるまはありません。
「ねえ、あいついなかった?」
「あいつ?」
「おっきな雪の…」
 荀ケが不思議そうに答えます。
「なにもございませんよ? 昨夜はひどい吹雪で曹操さまの巣穴も埋まってしまったのです。それで
許チョ殿や夏侯惇殿にお願いして、曹操さまをお助けにきたのです」
 雪だるまのしかえしではなかったようです。曹操はほっと胸をなでおろしました。

 翌日、曹操は森の入口へいってみました。
 吹雪のせいで大きな雪だるまはさらに雪をかぶり、もう元の形がわからないほどになっています。
もっとも、曹操には雪だるまのあった場所さえわからなかったんですけどね。
 あたりをキョロキョロと見回してから腕組みをしました。
「ふ、ふん。べ、別にあいつが怖かったんじゃないぞっ。あーあ、やっつけてやろうと思ってきたのに、
逃げられちゃったか」
 まだそんなことを言っています。
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