もうすぐ森は春から夏へと衣替えします。
 ウサギの曹操には最近、落ち着かないことがありました。

 少し前のお話です。
 曹操はいつもの場所で草を食もうとしていました。ところが今日はどうやら先客がいるようです。
(あれ? ここは孟徳の場所なのに…)
 ちょっと不機嫌になって進んでいくと、そこには曹操と同じくらい真っ白でかわいらしい女の子の
ウサギが草を食んでいました。
(うわあ、かわいらしい…)
 思わず見とれてしまった曹操に気づき、女の子は顔を上げました。
「あっ、ごめんなさい。あなたもお食事?」
「う、うん…」
 もしかしたらこの子は曹操に遠慮してどこか別の場所に移ってしまうかもしれません。
(もうちょっと一緒にいたいなぁ。そうだ!)
「ね、ねえねえ、まだお腹いっぱいになってないでしょ。ここからちょっといったところに孟徳だけの
秘密の場所があるんだ。そこへ連れてってあげる!」
 思い切って誘ってみます。女の子はちょっと微笑んでうなずきました。
「ふふ、うれしい。ありがとう」
 それからふたりは連れ立って、静かでだあれもこない草地へいきました。
「孟徳っていうんだ。きみは?」
「私、卞氏よ。仲良くしましょうね」
 それからふたりは一緒に草を食んだり、遊んだりするようになりました。
 ある日のこと、いつもの草地へいくときれいな歌声が聞こえました。そうっとのぞいてみると卞氏が
小さな仔ウサギたちに歌を歌っています。
(卞氏ちゃんの歌、すてきだなぁ…毎日、孟徳に歌ってくれたらなぁ)
 そう考え始めたらもうダメです。
 だって卞氏の歌はすてきなので、名族を鼻にかけるチンチラの袁紹やイタチの劉備が卞氏を狙わないとも
限りませんし。
 だから曹操は卞氏をお嫁さんにもらうことにしました。

 今日は卞氏に求婚にいこうと思っているのです。
「でも…袁紹と違って孟徳はあんまりきれいじゃないし、力だって強くないし…卞氏ちゃんはどうしたら
孟徳のこと、選んでくれるかなぁ」
 しばらく考えていた曹操は何事か思いつき、みんなを呼び集めました。
 さて、卞氏はいつものように草地で歌を歌っていました。
「卞氏ちゃん」
「孟徳さま?」
 聞き覚えのある声に振り向いた卞氏は悲鳴を上げました。
「きゃああ!」
 それもそのはず、トラの許チョにまたがった曹操が、オオカミの夏侯惇や夏侯淵、銀ギツネの荀ケを
従えていたのですから。
「あ、あのね卞氏ちゃん…」
「いやあああ!」
 だってウサギの卞氏にしてみれば、オオカミやキツネは自分を食べてしまう怖い存在です。いくら
曹操がいたとしても逃げ出したのは当然です。
「あ…卞氏ちゃん、いっちゃった…」
 うなだれる曹操の横で夏侯惇があきれたように言います。
「やれやれ。何事に付き合わされるかと思ったら…」
「だ、だって…」
「曹操さま、だれだってこれだけの面々がそろっていたのでは逃げ出しもしますよ。ましてや相手は
かわいいウサギなのですから」
 荀ケも苦笑します。
 でも曹操は悲しいのとくやしいのが一緒になって、みんなに怒鳴ってしまいました。
「だって孟徳は強くもないし大きくもないから。お前たちが一緒だったら卞氏ちゃんが見直してくれると
思ったんだい!」
 そうして許チョから飛び降りると卞氏を追いかけていってしまいました。

 卞氏はあまりびっくりしたので、曹操の秘密の場所ですすり泣いていました。
「ごめんね…あの、脅かすつもりじゃなかったんだよ。ほんとだよ」
 曹操は長い耳を半分に折って、みんなを連れてきた理由を正直に話しました。でも…まだ卞氏は
怒ってるように見えます。
「卞氏ちゃん…孟徳のことなんかきらいになった?」
 ドキドキしながら尋ねます。
「大きらい」
 そう言われてますます落ち込みました。だけど…
「そんないばってる孟徳さまなんて大きらい。どんなに強い動物が家来でも私は気になんかしない。
だって私が好きになったのは、真っ白でちっちゃいウサギの孟徳さまなんだから…」
 曹操ははっとして顔を上げました。卞氏の頬が心なしか赤くなっています。
 曹操は勢いよく駆け出すと一番きれいな花をいっぱい摘んで花束にしました。それを卞氏に差し出します。
「卞氏ちゃん、孟徳のお嫁さんになってください」
 もちろん卞氏の返事は…。
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