ウサギの曹操の国もずいぶん大きくなってきました。
 とはいうものの、曹操はキツネの郭嘉がいなくなってから、あまり自分からどこかへ遠征するということは
少なくなったのですが。
 なんでもイタチの劉備は諸葛孔明とかいうキツネを得てこの森を狙っているようですし、オオワシの孫権の
ところにいるサギの呂蒙というのもあなどれません。
「もっと強い動物とか、賢い動物を仲間にしなきゃ」
 そんなとき、曹操の長い耳にひとつの噂が入ってきました。
 北のほうに、司馬仲達というとても頭のよい動物がいるという噂です。
「よーし、その仲達を仲間にするぞ。文若、お手紙を書けっ」
 まだ見ぬ司馬懿がどんなに賢いか知りたくてワクワクします。
 ところが使いに出した使者の返事にがっかりさせられました。
「司馬仲達は病気のため伏せっております。とてもこちらまでくるのは無理だそうです」
「じゃあコチが迎えにいってもダメなのか」
 あきらめきれない曹操に荀ケが言いました。
「曹操さま、あまり無理をさせてはいけません。病気ということであれば治るまで待ってみてはいかがでしょう」
 荀ケの言うことももっともです。
 でも…曹操には心配なことがありました。
(仲達は病気なのか…早く治って孟徳に会いにきてくれたらいいなぁ。でも…もしも病気が治らなくて、郭嘉みたいに
なっちゃったらどうしよう…)
 曹操は郭嘉を病気で失っています。
 もしも司馬懿が郭嘉と同じように病気で死んでしまったらと思うと、いてもたってもいられないのです。
 一生懸命考えて、曹操は朝早くにこっそりと巣穴を出かけました。

 向かった先は森の北。
 ここまでくると見かける動物たちもちょっと違うみたいです。
「えっと…仲達の家、どこかな?」
 そういえば司馬懿がどんな動物なのかも聞かずにきてしまいましたね。
 だれか通りかかったら尋ねてみよう…そんなときに限って、だあれも通りかかりません。
 ちょっと心細くなったとき、木の上から声がしました。
「おや、迷子?」
 曹操が見上げると1匹のヤマネコが枝に寝そべって曹操を見下ろしています。
 あまり見下ろされるのは好きじゃないですが、ヤマネコというものは木の上にいるものだといつか荀ケが
言っていたので我慢しました。
「迷子じゃない。家を探してるんだ」
 少しムッとして返事をすると、ヤマネコはスルスルと木から下りてきました。
「ごめんごめん。だれの家を探してるの?」
「仲達! 司馬仲達の家を探してるんだ」
 どうやらこのヤマネコは親切そうです。
 曹操は素直に答えました。
「司馬仲達…ああ、あの病気のやつね。なにをしにいくのさ?」
 ヤマネコは司馬懿を知っているみたいです。
 曹操は今度も素直に薬草を見せました。
「お薬持ってきたんだ。病気だって聞いたから、仲達にあげようと思って」
「ふうん…それで君はいったいだれなのさ」
「曹孟徳! 仲達に仲間になって欲しいからお願いしたいんだけど病気だっていうから…早く治って孟徳の
とこ、きてほしいんだ」
 ヤマネコはしばらく考えてから言いました。
「案内してあげようか?」
「知ってるの?」
 曹操の問いには答えずヤマネコはさっさと歩き始めました。
 曹操はあわてて後を追いかけます。
 やがてヤマネコは急に立ち止まりました。
 どこにも巣穴なんかないのに、です。
 もしかしたらこのヤマネコは悪いやつなのでしょうか。
 曹操を食べてしまおうと思ってるのかもしれません…思わず曹操は身構えました。いつでも逃げ出せるように、
です。
「曹操さま…」
 ヤマネコが振り向きました。
「薬草、ありがとうね。なんだかね、お薬飲むよりも曹操さまがそれを持ってきてくれただけで治ったみたい」
「え? あれ? じゃあ…」
 ヤマネコが司馬懿でした。
 司馬懿はにこりと笑うとしなやかな身体を躍らせて、再び木の上に上ってしまいました。
「もうちょっとしたら曹操さまのところへいくね。もうちょっとだけ待っててよ」
 曹操はあわてて木を見上げましたが、この木は葉が生い茂っていて司馬懿の姿は見えません。
 でも、自分の気持ちが伝わったことに気をよくし、曹操は思い切り手を振りました。
「うん、わかった! 絶対待ってるから!」
 みんなのところに帰ろうと回れ右をしましたが、ふと思い出して薬草を木の根元に置きました。
「でもお薬飲んで。そのほうがもっと早く治ると思うから」
 そう言ってきた道を走って帰っていきました。

 枝の上から曹操を見ていた司馬懿は苦笑しています。
「やれやれ…厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだから、病気ってのは嘘だったのに。こんなに誠意を
尽くしてもらったら返さないわけにいかないさ。でも居心地が悪くなったらすぐに失礼するよ」
 司馬懿は本当に曹操の味方になってくれるんでしょうか。
「食べられるかもしれないってのに、ノコノコついてくるなんてよほどののんき者か、大物か…それを
見極めるのもおもしろいさ」
 そんなことをつぶやきながら、旅支度に取り掛かりました。
inserted by FC2 system