今年の冬が雪が多かったせいか、雪解けの水も多いようです。
 そのために森の川があふれ、ウサギの曹操がすむ巣穴に水が入り込んで水浸しになってしまいました。
「これは困りましたね」
 巣穴にあったいろいろなものは、外に干しておけば春の陽光で乾くでしょうが、肝心の巣穴はそういうわけには
いきません。
 銀ギツネの荀ケは少し考えてから曹操に言いました。
「代わりの巣穴はすぐ作れると思いますが…今日だけはどこか探さねばなりませんね」
 部下の動物たちが、巣穴にあった曹操の宝物を干しているのを見ながら、曹操はコクンとうなずきました。
「新しい家が見つかるまで、だれかの家にいろってことだな」
「はい。なかなか難しいでしょうが…」
 申し訳なさそうな荀ケに曹操は笑って手を振ります。
「いいよいいよ。孟徳にはこんなにたくさん仲間がいるもん。一晩くらい泊めてもらえるよ。あ、でも孟徳の宝物、
盗られないようにちゃんと見張りをつけとくんだぞ」
 荀ケがうなずいてから、曹操はだれの家に泊まろうか考え始めました。

 まず最初に出かけたのは、同じウサギの曹仁と曹洪のところです。
 ところが彼らの家は子沢山、どこにも曹操の寝るところはなさそうです。
「しょうがないなぁ。じゃあコチのとこ、いこうっと」
 トラの許チョは喜んで曹操を中に入れてくれました。
 でも…洞穴にある許チョの家は思ったより狭く、寝相の悪い許チョが転がってきたら小さな曹操はつぶされて
しまいそうです。
 困っているとヤマネコの司馬懿が呼んでくれました。
 気持ちはありがたいのですが、司馬懿の家はどうやら木の上の様子。
 曹操も決して木登りができないわけではありませんが、さすがにその高さの場所で寝るのは無理です。
「うーん、孟徳の寝る場所が見つからないぞ…困ったな」
 次に曹操を誘ってくれたのは白馬の張遼です。
 張遼の家は広いし、藁もあるから暖かそうです。
「よーし、今夜は文遠のところに泊まろうっと」
 そう決めたまではよかったのですが…。
 張遼はウマですから立ったまま寝ます。これではいつ踏んづけられるかわかりませんし、曹操が寝床にしようと
思った藁の山は張遼のエサ、うっかり大事な耳を噛まれそうになり、曹操は張遼の家をあとにしました。
 とぼとぼ歩く曹操の頭に一瞬、オオカミの夏侯惇の顔が浮かびました。
「元譲のとこ…あ、ダメだダメだ」
 どうしていつも夏侯惇が曹操を訪ねてくるだけで、曹操が夏侯惇を訪ねることがないのでしょう?
 それは夏侯惇から厳しく止められているからです。
 オオカミというものは集団で生活をしています。
 夏侯惇や夏侯淵は曹操に忠誠を誓っていますが、ほかのものはわかりません。それに夏侯の子供がうっかり
ウサギである曹操を、ひとくちだけ味見しようと思わないとも限りませんし…。
 とはいうものの、だんだん外は寒くなってきます。もう頼れるのは夏侯惇くらいしかいません。
「元譲のとこ、いってみようかな…」
 怒られるかもしれないと思いながら、曹操は夏侯惇の家にいってみました。

 森の奥にオオカミたちの群れが住む場所があります。
 こっそりと様子をうかがったつもりでしたが、曹操の匂いに気づかない彼らではありません。
 低く唸りながら曹操のほうへと近づいてきます。
「あ、あの…元譲や妙才、いないのか?」
 だれも返事をしてくれません。
 だれかが舌なめずりをしました。
「う、うわわ…」
 怖くなった曹操が頭を抱えます。そのとき聞きなれた声がオオカミを一喝しました。
「近寄るんじゃない! 向こうへいかないか!」
「あ、げ、元譲っ!」
 夏侯惇の姿を見て安心した曹操が駆け寄ります。
「やあ、やはりここだったか。文若から聞いて心配していたんだが…その様子ではどうやら今夜の棲み処は
見つからなかったようだな」
 にやりと笑う夏侯惇に曹操の頬が膨れました。
「だってみんな孟徳より大きいんだからしかたないだろ。それに…」
「それに?」
 曹操はぷいと横を向きます。
「や、やっぱり元譲のとこが一番いいな、って思ったし…」
 夏侯惇の長い舌が曹操の顔をべろりと舐めました。
「まあ、そう言うだろうと思ってな、孟徳のために寝床を作っておいたぞ」
「えっ、ほんと?」
 そうして夏侯惇は曹操の首を咥えると、群れとは別の場所へと運んでいきました。
 曹操のために作った寝床は、大きな木の根元にある洞。そこに柔らかそうな枯れ草が敷いてあります。
「ほら、一晩だけならここで充分だろ」
 曹操は洞の中に入り大きさを調べました。それから夏侯惇を手招きします。
「元譲も! 元譲も今日は一緒にここで寝よう!」
「はあ? こんなに狭いところでか?」
 それでも曹操は強引に夏侯惇を引き入れます。
 でも洞の中は夏侯惇が入ると窮屈で、夏侯惇が困っていると曹操はちゃっかりと夏侯惇のお腹の下にもぐりこみ
ました。
「ほら、こうしたら狭くないし孟徳もあったかいし」
「おい…」
 半ば呆れた夏侯惇が声をかけましたが、一日探し回って疲れたのか、曹操はもう寝息を立てています。
 幸せそうな寝顔を見ながら、夏侯惇はやっぱり曹操にはかなわないと思うのでした。
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