森は大きく深いので、いったいどんな動物がいるのかウサギの曹操にはわかりません。でも曹操の
周りにはたくさんの動物がやってきていました。
 そんなある日、森の一部が火事になりました。幸いに曹操たちの住んでいるところにまでは
回りませんでしたが、逃げ惑っているうちに紛れ込んできた動物もいるようです。
 イタチの劉備、トラの張飛とはぐれたクマの関羽は、曹操のところへ身を寄せていた白馬の張遼の
勧めでやってきました。
「わあ…!」
 堂々とした体躯の関羽に曹操はひと目で憧れてしまいました。
「ねえねえ、いくとこないの? だったらここにいなよ」
 おずおずと話しかけた曹操をじろりと見て、関羽は火事のせいで少し焦げた自分の毛皮を舐めました。
「兄者たちともはぐれてしまった…しばらくだけ厄介になろう。だが兄者を見つけたらすぐに
出ていくが、いいかな?」
 曹操はふたつ返事でうなずきました。だってしばらくでも素敵な黒い毛皮を持ってる関羽が一緒に
いてくれるんですもの。
 さて、それからというもの、曹操は寝てもさめても関羽と一緒にいることが多くなりました。
「ねえねえ関羽、どこいくの? 孟徳も一緒にいっていい?」
「ああ」
 曹操は関羽の背中にちょこんと乗って森の奥へ出かけました。
 それを苦々しく見ているのがオオカミの夏侯惇です。
「孟徳のやつ…関羽関羽とにぎやかなことだ」
「雲長殿がよほど気に入ったのですな。曹操さまは強いもの、大きなものに憧れておられるようですから」
 夏侯惇はプイとそっぽを向き、エサを探しに出かけてしまいました。

 森の奥、大きな木のウロを見つけた関羽はその中に曹操を入れました。
「えっ…?」
 突然のことに曹操はとまどいます。
(か、関羽どうしてこんなとこに入れたのかな…。まさかほかの動物呼んで孟徳を食べるんじゃないよね…)
 ウロから関羽の姿が見えなくなってしまうと心細さがいっそう強くなります。不安が頂点に達した曹操は
思わずウロから飛び出してしまいました。
「関羽ぅ!」
「あっ、曹操」
 関羽の怒った声がしました。そして曹操の周りにはたくさんのミツバチが…曹操は頭を抱えて逃げ回ります。
「わああん、関羽助けてぇ!」
「ばかもの。だからウロの中へ入れておいたのに」
 関羽は自分が刺されるのもかまわずに曹操をかばって自分のお腹の下へ隠しました。
 やがてミツバチたちの羽音が消え、曹操はきつく閉じていた目を開けました。おそるおそる声を
かけます。
「関羽…大丈夫? 痛くない?」
「平気だ。この厚い毛皮は伊達ではない」
「どうしてミツバチを怒らせたの」
「これだ」
 関羽のそばには大きな蜂の巣が転がっています。関羽は曹操を自分の膝に乗せると蜂の巣を壊し
ハチミツを手にとって曹操に舐めさせてやりました。
「あま〜い」
 曹操はほっぺたを押さえて幸せそうな顔をします。
「そうか、美味いか」
 関羽も大きな手でハチミツをすくって舐めています。あまり大きな口で舐めるので口の周りがハチミツ
だらけになりました。それを見た曹操はうんと背伸びをし、関羽の口の周りを舐めました。
「えへへ」
 照れくさそうに笑う曹操に、関羽はお返しのように口づけました。曹操の心臓がドクドクと鳴り出します。
(か、関羽、元譲みたいなことするのかな…でも関羽だったらいいや)
 でも関羽はそれ以上なにもせず、ハチミツを全部舐めきってしまうと曹操を背中に乗せて帰り始めました。
曹操はちょっぴり残念な気もしましたが、関羽の背中に揺られているうち眠ってしまいました。
 その関羽の頭によじ登ってきたものがあります。リスの孫乾でした。
「関羽殿、ようやく見つけましたよ」
「おう公祐か。どうした?」
「劉備殿から関羽殿に帰るよう言付かってきたのです」
「なに、兄者が…ではしばし待ってくれ。この曹操を置いてくる」
 関羽は柔らかい草の上に曹操をそっと下ろすと、張遼にだけ挨拶をして森の中へ消えていきました。
 張遼が後ろ姿を見送ったとき、夏侯惇がやってきました。
「関羽はもういったのか…?」
「ええ。追うのですか?」
 夏侯惇は鋭い目つきで張遼を見ました。
「やつをいかせれば後々孟徳の災いとなる…」
「それだけですかな?」
 少し心のうちを見透かされたような気がして、夏侯惇は関羽のあとを追いかけました。

 目を覚ました曹操はしばらく関羽の姿を探していましたが、大きな足跡が森の奥へ続いているのを
見て、いってしまったのだとわかるとちょっとだけ目をこすりました。
「関羽…また会いたいよ…」
 曹操は夏侯惇が追いかけていったことなど知りません。しばらく関羽が去った方向をながめてから、
郭嘉たちのところへ帰り始めました。
 早く夏侯惇に会いたいなぁと思いながら…。
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