ウサギの曹操の仲間はたくさん増えました。仲間が増えればそれだけ縄張りが増えるわけですから、
曹操は森の北側を自分のものにしました。
「えへへ、なんだか本当に王さまになったみたい」
 ずらりと並んだ配下の動物たちを見て、曹操はちょっぴり満足そうです。それをキツネの郭嘉が
たしなめました。
「いけません曹操さま、まだこの森には争いが絶えないのをご存知でしょう? 曹操さまはこの森を
すべて手に入れて、争いをなくし平穏な森にしなければならないのですよ」
「う、うんわかってる」
 そんなある日、曹操のところにある話が入ってきました。
「え、劉備が?」
 イタチの劉備は、以前一緒に野ブタの董卓やイノシシの呂布を倒した仲間でしたが、曹操が王さまに
なりたがっているのを知り自分も王さまになろうと、曹操に嘘をついて逃げ出したのでした。
 郭嘉や銀ギツネの荀ケはなんとかして劉備を排除しようとしているのですが、劉備は自分の縄張りを
まだ持っていないのであちこちを転々として捕まえることができませんでした。けれども今劉備は、
自分の仲間を連れて森の中をさまよっているというのです。
「曹操さま、これはまたとない機会。今のうちに劉備を追撃し倒してしまいましょう」
 追撃の部隊が編成され、オオカミの夏侯惇や夏侯淵、白馬の張遼などが劉備を追い始めました。
 その様子を曹操は森が見渡せる場所からながめていました。
「劉備が悪いんだ…だって森の王さまはひとりしかなれないって奉孝が言ってたもの。劉備なんかより
孟徳のほうが王さまにふさわしいってみんな言ってるもの…」
 やがて曹操は吹っ切れたように叫びました。
「劉備なんかやっつけちゃえー!」
 さて、いろいろな仲間を引き連れ行軍していた劉備ですが、いきなり現れた曹操の軍に散り散り
バラバラになりました。
「今日こそ劉備を討ち取るぞ!」
 血気盛んな曹操の軍が執拗に追いまわしますが、すばしこい劉備はまんまと逃げおおせてしまいました。
しかたなく曹操軍はほかの動物を追いかけます。

 その様子を見ていた曹操は、思わず声を上げていました。
「ねえ! あれ、なに?」
 お側付きの者が見れば、オオカミやキツネやトラなどが包囲する中を駆けていく者があります。
「あれは劉備の配下、趙雲というシカです」
 郭嘉がそう教えてくれたとき、怒号が聞こえてきました。
「趙雲を食ってしまえ!」
「背中に劉備の子を背負っているぞ!」
「逃げ切れるものか!」
 みんなが口々にそう叫んで趙雲に襲い掛かります。
 趙雲のしなやかな背中にイタチの子が乗っていました。確かに子供を振り落とさないように逃げるのは
至難の業でしょう。
 でも…曹操の目には角を振りたてながら追っ手の牙や爪をかわす趙雲が、とてもきれいに見えました。
その感覚は関羽に出会ったときと似ています。
「た…」
 曹操の口から言葉が漏れました。
「食べちゃダメっ!」
「曹操さま?」
「趙雲食べちゃダメってみんなに伝える!」
 驚いた郭嘉が聞き返します。
「曹操さま、趙雲は劉備の仲間で私たちのところにきてくれたりはしませんよ?」
「で、でも孟徳がお願いするからっ! 奉孝、趙雲食べるなって命令して!」
 一度言い出したら聞きません。
 しかたなく郭嘉は全軍に趙雲を殺さないよう命令を出しました。
(えっと…えっと、趙雲が孟徳のところにきたら仲間になってってお願いするんだ。もっと親しくなって
趙雲の背中に乗せてほしいから…)
 あのステキな褐色の背中に乗れたらどんなに気持ちがいいでしょう。
 曹操はそんなことを想像しながら、趙雲がくるのを待っていました。
 ところがいつまでたっても趙雲はやってきません。
 だって殺してはいけないという命令が出たときから攻撃の手が弱まり、それを素早く感じ取った趙雲は
自慢の脚で一目散に逃げてしまったからです。
 しかも趙雲が逃げ込んだ先にはトラの張飛が待ち構えていたものですから、曹操軍はそれ以上の追撃を
やめなかればならなかったのです。

 わがままを言って郭嘉に叱られた曹操は、寝床の上でぐすんぐすんと泣いていました。
 そこへのっそりと夏侯惇が入ってきました。
「孟徳…」
 きっと夏侯惇にも叱られると思った曹操は、耳を半分に折ってプイと向こうを向いてしまいました。
「げ、元譲も孟徳のこと怒りにきたんだろっ。もうちょっとで趙雲倒せたのに、孟徳がわがまま言ったから…」
 あとのほうはしゃくりあげて言葉になりません。
 夏侯惇は曹操の横に寝そべりました。
「そんなに趙雲がほしかったのか」
「あ、あの、きれいな背中に…乗りたかったん…」
 夏侯惇の大きな手が伸びてきて曹操をつかむと、自分の背中に乗せました。
「俺の背中や許チョの背中ではいやか」
「いやじゃ…ない」
 突然のことに曹操は泣くのをやめました。
「それなら劉備のものをほしがるのはやめろ。お前にはあいつよりもっともっときれいな背中を持つ者が
たくさんいる」
 夏侯惇の言葉に曹操は激しく首を振りました。
「もういらない…孟徳には元譲がいる。元譲のあったかい背中に乗ってるほうがいい…」
 曹操は身体をずらすと夏侯惇の耳の後ろにそっと口づけました。
inserted by FC2 system