いつものようにウサギの曹操が見回りをしていると、空から白いものが落ちてきました。
「つめたーい」
 曹操の鼻の上に落ちたそれは雪。一緒に歩いていたオオカミの夏侯惇も空を見上げました。
「ふむ…もうすぐ冬がくるか」
「ふゆ?」
「森がみんな眠りにつく時期のことだ。そろそろ冬支度を始めねばならんな」
 夏侯惇の言葉どおり、雪が降り始めてから曹操の回りはにわかに忙しくなってきました。そして
曹操の巣穴には暖かい寝床とたくさんの美味しい草が運び込まれていました。
 森はますます白くなって、曹操が外へ出ると足が冷たいくらいです。
「申し上げます。クマの関羽が冬ごもりに入りました」
「トラの張飛も巣穴に閉じこもりました」
「オオワシの孫権が南へ向かいました」
 みんな冬のために準備をしているようです。

 ある日のこと。
 キツネの郭嘉と銀ギツネの荀ケが曹操のところへやってきました。
「曹操さま、それでは我らはこれより巣穴へ戻ります。曹操さまもごゆっくりお休みください」
「う、うん…」
 ふたりがいってしまうと今度は夏侯惇と夏侯淵の番です。
「それじゃ俺たちも自分の巣へ帰るか」
「え…? 元譲や妙才もいっちゃうの?」
「当たり前だ。さ、孟徳も寝ろよ」
「で、でも孟徳ちっとも眠くないよ」
「そのうち眠くなるさ」
 曹操の周りにはだあれもいなくなってしまいました。
 隣りの巣穴の野ウサギの曹仁を訪ねてみます。
「ねえねえ曹仁、なにかお話しようよ」
 でも、曹仁はもう眠り込んでいて曹操の声など聞こえていません。
 毎日毎日巣穴の中でひとりぼっちは退屈です。
 そんなとき、巣穴の外から笑い声が聞こえてきました。そーっとのぞいてみると子ギツネたちが
遊んでいます。あんまり楽しそうなので曹操も出ていきました。
「ね、ねえねえ、孟徳も仲間に入れて?」
 でも子ギツネたちは曹操を見ているだけです。
「だってウサギだもん」
「ウサギと遊んだらお父さんに叱られるもん」
「す、少しくらいいいじゃない」
 やがて1匹の子ギツネが気づきました。
「あ、曹操さまだよ、この子。真っ白なウサギだもん、間違いないよ」
「え〜。じゃあよけいにお父さんに怒られちゃう」
 みんな曹操は偉いってことを知っているのです。
「あっちいこ。ここは曹操さまの巣穴だから」
「あ…」
 子ギツネたちは曹操を置いて駆けていってしまいました。曹操は寂しくて寂しくてしかたありません。
「ぐすんぐすん…ひとりは寂しいよ…だれか遊んでよ…」
 また雪が降ってきました。曹操はいつしか泣きながら眠ってしまいました。

 なにか懐かしい匂いがします。曹操が目を開けると横に夏侯惇がいました。
「あ、げ、元譲っ! 元譲だぁっ!」
 曹操はうれしくなって夏侯惇にしがみつきます。
「やれやれ。やはり眠っていなかったか」
「だって…だって全然眠くないよ。どうしてみんな孟徳を置いていっちゃったの」
 夏侯惇はしかたないといった顔で説明してやりました。
「冬の森は腹をすかせたやつがたくさんウロウロしている。みんな、お前が食べられてはいかんと
案じてここで眠っているように言ったのだ」
「みんなが…」
 確かに冬の森にはいろんな動物の食べ物がなくなって、曹操のようなウサギがうろついていたら
食べてくれといっているようなものです。でも…みんなの気持ちはうれしいのですが、寂しいのは
きらいです。
 曹操はまた泣き出しました。
「やだ…ひとりでいるの、やだ…」
 夏侯惇にしがみついてきます。
「元譲にだったら食べられてもいいよ。孟徳のこと食べてもいいから、ここにいてよ。ひとりは
やだよぉ!」
 初めての冬、初めてのひとりぼっち…夏侯惇はなんとなく曹操がかわいそうになってきました。
でも一緒にいたら自然の摂理でいつか本当に曹操を食べたくなってしまうかもしれません。
 夏侯惇は今まで自分が冬を越してきた経験を思い出していました。
「じゃあ食ってやろうかな」
 曹操は一瞬ビクッとしましたがギュッと目をつぶりました。
「い、いいよ…」
「よし」
 うつ伏せにさせられてお尻を高く持ち上げられます。
(あ…こんなはずかしい格好で食べられちゃうのかな?)
 目を閉じている曹操には夏侯惇の動きはわかりません。やがて…お尻のあたりに熱い息がかかりました。
夏侯惇の長い舌が曹操のお尻から前のほうを何度も何度も往復するうち、曹操の口からおかしな声が
漏れ始めました。
「あっ…あ〜ん…」
(や、やだ…おかしな声が出ちゃうよぉ)
 やがて夏侯惇の大きな身体が曹操の上に覆いかぶさってきました。お尻に熱くて硬いものが当たります。
「ああっ!」
 曹操のお腹に熱いものが入ってきました。
「やだ…やだ、元譲…気持ちよくなっちゃうからやだ…」
「かまわんだろう? そのほうが痛くないぞ」
「だ、だって…あっあっ…」
 夏侯惇の鋭い牙が曹操の耳を優しく噛みます。
(も、もうダメ…食べられちゃってもいい…!)
 曹操の気が遠くなっていきました。

 どれくらい眠っていたのでしょうか。
 目を開けたら曹操はまだ食べられていませんでした。夏侯惇の姿はありません。
「元譲…」
 また曹操の目に涙が浮かんだとき、曹操は巣穴の壁に書かれた夏侯惇からの手紙を見つけました。
『また腹がふくれているときにきてやる。春がくるまでしばらくの辛抱だ』
「うん…うん、元譲…」
 曹操は何度もうなずくと、まだ夏侯惇の匂いがする寝床に寝そべりました。
 早く春がきたらいいなぁと思いながら。
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