ウサギの曹操が目を覚ましました。
 昨夜泣き疲れて眠ったので、目が赤いし頬には涙のあとがあります。
 最近はオオカミの夏侯惇もきてくれませんし、寂しくてたまりません。
 前に一度きたとき、こんなことを言っていました。
「もうすぐ俺よりいいものがくるぞ」
 いいものってなんでしょう?
「孟徳はいいものなんかより、元譲のほうがいいのに…」
 でも…今朝はなんだかちょっと違っています。
 巣穴の中に柔らかな匂いが入ってきていました。
「なんだろ…」
 曹操はおそるおそる巣穴の外に出てみました。
 いっぱいに積もった雪はあいかわらず冷たいです。でも…木のあいだから漏れてくるお日さまの光は
暖かいものでした。
「はる? これがはる?」
 そういえばあちこちの雪のあいだから緑の新芽が顔を出しています。冬枯れしたような木の幹にも、
新しい命が芽吹いています。
 曹操はうれしくなってあちこち飛び跳ねてみました。
 隣りの巣穴で眠っている野ウサギの曹仁や曹洪を起こしましたが、ふたりは興味がなさそうにまだ
眠っています。トラの許チョも夏侯惇も眠っているのでしょうか。
 遠くのほうで子ギツネたちが遊んでいるので曹操もいってみることにしました。
 でも…大きな音がして木が揺れたかと思うと、曹操や子ギツネの上にたくさんの雪が落ちてきました。
「な、なに?」
 見ると大きなヘラジカが木に頭をぶつけています。子ギツネが抗議しようとしたら、大きな角で
跳ね飛ばされてしまいました。
 曹操はみんなの王さまです。みんなを守ってあげるのが王さまの役目です。曹操は勇気を出して
ヘラジカの前に進み出ました。
「こ、こらーっ! みんなが遊んでるのになんでいじめるんだっ!」
 ヘラジカは顔を上げると曹操をジロリとにらみます。
「わしは西涼の馬騰だ。北はまだ冬が残っていて食糧がない。だから一族を連れてこの土地へ移る」
「だ、ダメだっ。ここは孟徳の土地だぞっ。お前はほかの土地へいけっ」
「うるさい子ウサギめ」
 馬騰は頭を低くして二三度振ると、曹操に向かってきました。
 怖いです。あの大きな角で突き上げられたらすごく痛いでしょう。でも曹操は王さまです。王さまは
逃げちゃいけないんです。
「孟徳に逆らう、お前とお前の一族なんかこうしてやるっ!」
 曹操は突っ込んできた馬騰にしがみつくと、ご自慢の鋭い前歯を思いきり突き立てました。
 けれど、すごい勢いで跳ね飛ばされて…それからのことは覚えていません。

 曹操が目を開けると、夏侯惇が心配そうにのぞきこんでいました。
「無事か、孟徳?」
「あ、元譲…ねえ、馬騰どうしたの? 孟徳、みんなを守れた?」
「ああ、お前は立派に闘ったさ」
 長い舌で曹操の頬を舐めてくれました。
「えへへ…ちょっとは王さまらしくなったかな」
「ああ、十分に」
 そこではじめて曹操は自分が寝かされているのが、ヘラジカの毛皮の上だと気づきました。
「これ、どうしたの?」
「お前の戦利品だ」
「じゃあ、孟徳が馬騰をやっつけたんだ。えへん、強くなったぞ」
 曹操は威張ってみますが、本当は子ギツネから話を聞いたキツネの郭嘉や銀ギツネの荀ケ、そして
夏侯惇が駆けつけて、曹操が気絶しているあいだに馬騰を倒してしまったのです。
「がんばったな孟徳」
 夏侯惇が何度も何度も顔を舐めてくれます。
 やがて、夏侯惇は曹操を自分の下に組み敷いてのしかかってきました。
「げ、元譲…?」
「腹がふくれるとな、お前をかわいがりたくなるんだよ」
 さっきまでは確かにお腹がすいていました。でも馬騰をみんなで分けて食べたので、今はお腹が
いっぱいなのです。
 夏侯惇にシッポを撫でられるとへんな気分になってきます。お尻がグイと引き上げられて夏侯惇の
熱い塊が、お腹の中に侵入してきました。
「あっあっ…ああ〜っ」
 半分に折れてフルフルと震える耳を夏侯惇が優しく噛みます。お腹の中の塊が曹操の呼吸を
荒くしていきます。
「あ…うん…っ」
 揺すりあげられるたびに曹操の小さな男根が、馬騰の毛皮にこすられてやっぱりへんな気持ちに
なります。
「元譲…元譲っ」
「これからは無茶をするな。俺も妙才も、仲康もいる。お前がみんなを守るんじゃない、みんなが
お前を守るんだ…いや、俺がお前を守ってやる…」
「う、うん…ああっ、元譲っ!」
 馬騰の毛皮が汚れてしまいました。
 すすり泣いていた曹操はそのまま毛皮の上に倒れこみ、また眠りの中に入っていってしまいました。

 翌日、曹操は馬騰にあった場所へいってみました。
 そこには雪もなにもなくてまるで、馬騰なんかいなかったんだよ、と言ってるみたいでした。
「はるって一度にやってくるんじゃないんだ…まだふゆのままのところもあるんだ…」
 春になったらみんな食べ物に困らないのだと郭嘉がいってました。
「一度にはるになったら、馬騰もここにこなかったのに…」
 遠く、北の山を臨めばそこはまだ灰色の空です。まだあそこには冬ががんばっているのです。
「でもここにははるがきたんだ。またみんなと一緒にいられるんだ」
 曹操はまだ巣穴の中から出てこない仲間に思いを馳せます。
 けれど、あの北の山に、馬超がいることを、曹操はまだ知りません…。

こい
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